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千葉県成田市三里塚御料にある、三里塚防空壕を歩いてきました。
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成田の三里塚といえば成田国際空港。
しかし昭和53年にこの空港が開港されるまでは、この地には皇室のための牧場、下総御料牧場がありました。
当時の御料牧場は広大で、現在の成田空港敷地の約三分の一を占めるほどです。
成田空港の用地確保のため下総御料牧場は消滅し栃木県に移設されましたが、三里塚交差点の近くに当時の御料牧場を記念する三里塚記念公園があります。
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御料牧場の写真等を展示した三里塚牧場記念館や当時の皇族が使用した貴賓館が建つ三里塚記念公園。
そして貴賓館の裏には、昭和16年12月、旧日本軍がアメリカ合衆国のハワイ真珠湾を奇襲し太平洋戦争が勃発した月に、昭和天皇が皇太子(今上天皇)のために造らせた防空壕「御文庫(おぶんこ)」があります。
長くこの防空壕は閉鎖されていましたが、平成23年4月からこの防空壕が公開されているとのことです。
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三里塚記念公園の門をくぐると正面には見事なマロニエ並木が広がっています。
秋に訪問したのですが、周囲の芝生にはたくさんのトチの実が落ちていました。
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マロニエ並木の道を進んでいくと右手に貴賓館が見えてきます。
この貴賓館は、御料牧場に来訪した皇室や外国の要人が滞在する場所だったそうです。
貴賓館という名前から、洋風な建物なんだろうと漠然と想像していましたが、木造、雨戸、座敷、藁葺き屋根とコテコテの和風古民家でした。

貴賓館の敷地に入ると敷地の掃除をしていた市の職員らしき人が「防空壕を見ますか」と話しかけて来たので、お願いすると貴賓館及び防空壕を案内してくれました。
高齢の男性の方でしたが、説明が簡潔でとてもわかりやすかったです。
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こちらは貴賓館の縁側の引き戸にはめ込まれているガラスです。
昔の建物らしく窓ガラスにはわずかな凹凸があり、内側が歪んで見えます。
旧古河庭園でも見たこの明治・大正期のガラスは、現在の技術では作れない貴重なガラスとのことで、割れたら替えはきかないらしい。
技術は日進月歩なんて言われていますが、失われていく技術もあるんですね。
引き戸を開けて中も見せてもらえますが、貴賓館の中には入室できません。
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真横から見る貴賓館。
手前に見える小さな建物はトイレですが、当時からすでに水洗だったとのこと。
また貴賓館の屋根が合わさる部分には「寿」の文字が見えます。
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裏にはギリシャ風のホールもありますが皇室の滞在場所としては質素な印象です。
この場所で宴会などを行っていたようです。
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貴賓館の案内が終わると、次はいよいよ防空壕です。
貴賓館裏にはいつでも乗り越えられそうな柵がありまして、その一カ所についている木戸をくぐると、防空壕のある場所に行けます。
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三里塚防空壕の外側部分です。
この場所だけ不自然に土が盛られていて、まるで古墳のようです。
盛り土の端に取り付けられている茶色い蓋みたいなものは、防空壕入り口ではなく爆風逃し換気口。
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換気口の左側に三里塚防空壕の入り口であるこげ茶色の小屋があります。
この小屋はもともとあったものではなく、三里塚防空壕が公開されるにあたって建てられたものであるとのことです。
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小屋を入るとすぐ目の前に地下への階段があります。
地下壕といえば冷たい空気という印象ですが、地下約三メートルと、それほど奥深い場所に造られているわけではないので、冷たい風は吹き上がってこない。
全体がコンクリートで塗り固められてるため、パラオや沖縄で見た地下壕とは印象が全く違いました。
地下壕というよりは地下室ですね。 
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階段を下りたところにある配電盤です。
よく見ると昭和16年と書かれている。
当時から電灯完備の防空壕だったようです。
ここの建設を任された会社は、太平洋戦争の開戦に間に合わせるために約一ヶ月の突貫工事でこの壕を造りました。
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階段を降りきると右手に壕へと繋がる鉄扉がありますが、階段正面は通路になっています。
この先は先ほど上で見た赤色の換気口に繋がっていて、爆風逃しの役割を果たしています。
さすが皇室の防空壕、とても堅牢に造られているのがわかります。
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こちらは防空壕の前室へと繋がる鉄扉。
パラオのペリリュー島にあった西カロリン航空隊司令部で見た鉄扉のような重厚な扉です。
この扉の向こうに一畳ほどの前室があり、さらにその向こうに皇室が隠れる本室があります。
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本室は4畳ほどのカマボコ型の地下室です。
空襲があった際はここに皇族が隠れる予定になっていました。
実際にこの防空壕は使われることはありませんでしたが、上の盛り土と爆風逃し換気口、その上30階以上の建物に使用されるスーパーコンクリート製という強固な防空壕でした。IMG_20140927_141058
この防空壕、入ってきた側の反対側に入り口と全く同じ形の出口があります。
これは、一方の出口が空襲で破壊されても別の出口から逃げられるようにするためです。
至れり尽くせりの三里塚防空壕でした。

当時、迫り来る太平洋戦争に備え防空法が施行されあちこちに造られた防空壕。
このような頑丈な防空壕を造る技術があったにもかかわらず、他の防空壕は穴を掘っただけのものであったことが、当時の時代を反映しているのかもしれません。
このような防空壕がたくさんあれば、空襲や沖縄戦での死傷者も減ったでしょうね。
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その他、三里塚記念公園には、かつての下総御料牧場を展示物やパネルで紹介する三里塚牧場記念館や、種牡馬として下総御料牧場で余生を過ごしたイギリスの競走馬ダイオライトの墓など、地下壕の他にも見所の多い三里塚記念公園。
お客さんは少ないようでしたが、歴史を学ぶ上で重要な施設と思います。
成田空港に行く用事がある場合などに、近くなのでちょっと立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
(訪問月2014年9月)