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以前訪問した東京都北区の東京第一陸軍造兵廠の西側、埼京線を挟んだ板橋区側には、戦前まで東京第二陸軍造兵廠板橋工場がありました。
東京第二陸軍造兵廠板橋工場も、第一造兵廠と同じように陸軍の兵器、火薬等を製造していた兵器工場です。
その東京第二陸軍造兵廠板橋工場跡地を、娘のあやちゃんとともに歩いてきました。
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現在地は板橋区と北区の区境、埼京線の線路を渡る十条台橋。
橋の向こう側は板橋区です。
橋の向こうに見える大きな建物は東京家政大学の建物で、大学内には東京第二陸軍造兵廠の建造物が未だに現存しているとのことです。
学祭などの際に一般に公開しているらしいですが……
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む?
東京家政大学の前を歩いていくと、大学のフェンスに「森のサロン」の紹介がかかっていました。
森のサロンというのは東京家政大学主催の子育て教室のようです。
今度娘と来てみようかな。
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こちらは東京家政大学の向かい、愛誠病院。
手前に見える細長い建築物は、以前十条で見た十条工場275号棟に似ています。
これもかつての工場施設ではないだろうか?
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東京家政大学前を通り過ぎ、愛歯技工専門学校前の交差点を左に曲がります。
この愛歯技工専門学校の敷地内にも、東京第 陸軍造兵廠の施設が残っているとのことですが、目の前の建物はそんなに古そうではありません。
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石神井川方向に愛歯技工専門学校正門前の道を歩いていくと、学校の駐車場に止まっているバスの向こうにかなり古ぼけた建物を見つけました。
おお、色こそ白いですが、あれこそ以前見た275号棟と同じ建物です。
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この建物は東京第二陸軍造兵廠板橋工場の建築物で、140号棟という名前とのことです。
七十年前はこんな工場がこの辺りにはたくさんあったんでしょうか。
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一部剥げているコンクリート塗装の下からは、中のレンガが見えています。
この140号棟も275号棟と同じようにレンガ造りだったのを、コンクリートで上塗りしたんですね。
140号棟は現在、駐輪場等に利用されているようです。
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140号棟の内部。
今は自転車置き場として利用されているようです。
壁や天井にものすごい年季が入っています。
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その140号棟の南側には石神井川が流れています。
ん?
石神井川の向こうにも、軍の施設のような建物があります。
あれは何でしょうか。
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石神井川に架かる加賀橋を渡り、対岸に出ます。
先ほどの建物がある場所は、野口研究所という研究所の敷地のようでした。
この野口研究所は東京第二陸軍造兵廠の火薬研究所であったそうです。
野口研究所は東京第二陸軍造兵廠時代の施設をいくつかそのまま使用しているようで、敷地外から見ただけでも古い建物が複数確認できました。
写真手前の建物なんか超古そうです。
うーむ、とても中が気になる。
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その野口研究所の隣は加賀公園になっています。
加賀公園は公園の中央に大きな築山がある公園です。
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加賀公園は加賀前田家の下屋敷跡に造成された公園です。
江戸時代、このあたりには「加賀」の地名が示すとおり加賀藩の21万坪にも及ぶ広大な下屋敷がありました。
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その加賀公園の野口研究所に面する側に、なにやら案内板があります。
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案内板によると、ここから見える野口研究所の道は、かつてここが板橋火薬製造所(東京第二陸軍造兵廠の前身)だったころ、物資運搬用に使っていたトロッコの線路敷跡とのことです。
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そのトロッコ線路敷跡の隣には、巨大な土管みたいな筒が見えます。
あれはいったいなんでしょうか。
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その答えはフェンスの反対側にありました。
どうやらあの土管は、弾道検査管の一部だったようです。
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そしてその案内板の上には、弾道検査管の標的の遺構があります。
しかし案内板をつけてまで保存してあるものの、管理はされていないようで草が生い茂りその姿が半分隠れてしまっていました。
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中央の築山の上に登ってみます。
フェンスの向こうに野口研究所の施設が見えます。
木々の間から、なにやら軍事関係の施設らしきものが見えるようです。
が、詳しいことはわかりません。
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こちらは加賀公園入り口近くにあった工兵学校板橋分校の碑。
公園のはずれに、なんの説明もなくひっそりと遺っています。
この他にも各地にたくさん史跡が遺っていそうな東京第二陸軍造兵廠板橋工場の跡地。
今回は中途半端な探索になってしまいましたが、また機会を見つけてこの辺りを歩いてみたいと思います。
(訪問月2015年1月)