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「帝都を歩く」もブログ開設から一年が経過しました。
地味な内容のブログにもかかわらず多くの方に来訪していただいたこと、お礼申し上げます。
ありがとうございました。
これからも「帝都を歩く」をよろしくお願いいたします。
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さて、今回は娘のあやちゃんが楽しめる遊具を探して、北区西ヶ原の滝野川公園を歩いてきました。
滝野川公園は、JR京浜東北線上中里駅と東京メトロ南北線西ヶ原駅に挟まれた区域にある公園です。
いずれの駅からも徒歩3、4分で、交通アクセスは良好。
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滝野川公園の本郷通り側入り口には大きな女神像が建っています。
説明板がないため、何の像なのかはよくわかりません。
緑色なため、公園の緑と同化してしまって目立たない。
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同じく入り口付近には御殿前遺跡から出た弥生土器のレプリカがあります。
御殿前遺跡は、先土器時代から近世までの複合遺跡です。
飛鳥山を含むこの辺り一帯をかつて御殿山を呼んでいたそうで、その時代の土器などが出土しているそうです。
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滝野川公園は南北に細長く、また小山や坂があり高低差のある公園になっています。
その高低差を利用し、浅い堀を作って、水の流れる公園になっています。
夏場は水遊びとかできそうですね。
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水の流れる広場の奥には、子供が遊べる広場があります。
広場にはブランコとアスレチック遊具、そして斜面を利用した幅広い滑り台なんかがあります。
乳幼児のあやちゃんにはちょっとまだ早い遊具です。
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滑り台のある高台の上からは、滝野川公園の北側に隣接する大きな工事現場が見えました。
こちらはもうほとんど上中里駅前ですが、なんの工事でしょうか。
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工事現場の周りを歩いて確認してみると、どうもここは西ヶ原研修合同庁舎という国の施設の建設予定地のようです。
しかし現在は埋蔵物の発掘調査をしているようで、建物はまだ建てられていません。
しかし、西ヶ原は本当に官庁舎が多いですね。
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その建設現場の手前には、大きな石碑が二つありました。
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そのうちの右側の石碑。
農業技術研究発祥之地と刻まれています。
揮毫はかすれていて非常に読みにくいですが、理学博士 盛永俊太郎と書かれています。
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こちらは左側の石碑。
碑文には、要約するとこんなことが書いてありました。
『明治26年4月、農商務省農事試験がこの西ヶ原に創設され、日本の農業技術研究が発祥した。
昭和25年4月農業技術研究所に改称される等組織機構の変遷はあったが、西ヶ原は農業関係試験研究機関の母体として多くの業績を残し、昭和55年に国立試験研究機関が筑波研究学園都市へ移転するまで農業の発展に寄与した』
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そして、再度滑り台のある高台から工事現場を眺めます。
ここには明治26年から昭和55年まで、農商務省(農林水産省)の農業技術研究所があったという。
農事試験場は明治時代において、日本の風土にあった農業技術を確立するため、この場所で農作物の試験栽培や種子、肥料等の研究を行っていました。
研究所が筑波に移転してからも建物はしばらく残っていたそうですが、近年、西ヶ原合同研修庁舎建設のために破壊されたとのことです。
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そして2013年3月、この農業技術研究所跡地の敷地内で、太平洋戦争中の不発弾が発見されました。
不発弾というと連合国軍の爆撃機が投下した爆弾のようですが、ここに埋まっていたのは旧日本軍の高射砲の砲弾です。
高射砲弾は基本的に時限信管つきで、撃ってからある程度時間がたつと爆発する仕組みだが、まれに不発弾があってそのまま落ちてくるものがある。
Bー29迎撃に発射されたものが空中で爆発せず、この場所に落ちて埋まってしまったのだろうか。
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滝野川公園の入り口近くには平塚亭という和菓子屋があります。
ここは内田康夫氏の推理小説『名探偵浅見光彦』シリーズにおける主人公の浅見光彦が、小説の中でよく団子を買いにくる場所として知られています。
浅見光彦は西ヶ原に住んでいるとされていますが、かつてはその作者の内田康夫氏も西ヶ原に住んでいました。
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今から70年前の1945年4月13日夜から14日未明にかけて、城北大空襲と呼ばれる大規模な空襲がありました。
空襲により豊島区や荒川区、王子区、そして滝野川区も火の海となり、翌朝はこのあたり一面が焼け野原になっていたそうです。
夜間に大編隊を組んで侵入してくるBー29を、日本陸軍の高射砲は有効に迎撃できませんでした。
内田康夫氏も小学生のころ、この空襲で家を失い、長野市を初めとする各地を転々とすることになったそうです。
しかしその時の経験が、後に多くの旅情ミステリーを生み出すことに繋がったのだとか。
人生何が役に立つかわかりませんね。
(訪問月2015年2月)