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埼玉県草加市新里町。
あまり交通の便がいいとは言い難いこの地には、前回取り上げた「毛長沼」伝説の他に、もうひとつの伝説があります。
それは「むじなの恩返し」という伝説であり、毛長沼伝説と同じように伝説の史跡も残っているという。
今回は「むじなの恩返し」伝説の痕跡を探しに、草加市新里町を歩いてきました。
「むじなの恩返し」伝説の概要は以下をご覧ください。
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「むじなの恩返し」伝説の概要はこんな感じです。
やっぱりわからん
という方のために草加市のホームページへのリンクを用意させていただきました。
上のプレートだけだと「むじな関係なくね?」と思う方もいらっしゃると思うので…
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前回の毛長神社から毛長橋通りに戻り、通りを北上していきます。
10分も歩かないうちに、右手にヴィシティ草加というVの字になっている巨大マンションが見えてきました。
真ん中に通り道となっている空間が空いているのが特徴のマンションです。
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ヴィシティ草加弐番館の前には新里ムジナ公園という公園があります。
公園自体は特徴のない小さな公園ですが、名前にムジナが冠されています。
このマンションは1993年6月築で、二十年以上前に18,000平方メートルの屋敷林(当時は「ダンナ山」とか「ムジナの森」と呼ばれていたそうです)を伐採して建築されたとのこと。
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新里ムジナ公園の近くには「ムジナ大尽」の説明板があります。
この説明板を見るに、かつてこの辺りにあった屋敷林「ムジナの森」を所有していたのは「吉岡家」という旧家であったようです。
その吉岡家の屋敷林「ムジナの森」はマンション建設時に破壊され残っていないが、かつてムジナが棲んでいたという洞のあるケヤキの古木が今もマンションの敷地内に残っているという。
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むじなのケヤキを探して、ヴィシティ草加敷地内に入ります。
ヴィシティ草加はコミュニティホールと四つのマンションからなる巨大マンション群です。
約二十年前はこの敷地がすべて林だったのでしょうか。
ケヤキが敷地内のどこにあるかはわからないので、とりあえず右の方へ歩いていきます。
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おお、これだ。
特に血眼になって探すまでもなく、そのケヤキはあっさりと見つかりました。
場所は参番館と四番館の間あたりです。
伝説の古木というから、ぼろぼろの枯れ木を想像していたのですが、実際に見てみると若葉の生い茂るまだまだ現役の樹木です。
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ケヤキ手前には上であげたむじなの恩返しの案内板があります。
周りを彩る三匹のむじなの顔がかわいい。
なぜか一匹は泣いていますね。
実はおじいさんが助かったのは嫌だったのでしょうか。
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ケヤキの裏手に回ると、むじなが棲んでいたという洞があります。
なるほど小動物が数匹隠れられるくらいの穴が空いていますね。
ここに棲んでいたというむじなは、自分たちに親切にしてくれた屋敷の主人を強盗から助け、恩返しをしたという。
いい話ではありますが、残念なことは、そのむじなたちの住処であった森をその後、人間が奪ってしまったことです。
ここに棲んでいたというむじなの子孫は、開発による森林破壊でもう見かけることはできません。
「東京に近い新里地域は近年開発が進んでいる」
と草加市がホームページで誇らしげに言ってますが、自然破壊と引き換えの開発には疑問も残ります。
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むじなのケヤキを見学した後、ヴィシティ草加の周りを散歩すると、マンションの隣にフェンスで囲われた大きな空き地がありました。
なんでしょうかこの空地は?
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こちらはヴィシティ敷地の地図です。
南東に「隣地」と記載されている空白の一角があるのがわかるでしょうか。
上の写真はその部分の空地です。
なんだか不自然な空地ですが…
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その空き地の中に、何故かぽつんと一棟だけ蔵が残っていました。
折れ釘のついた立派な蔵のようですが、なぜあれだけ残されているのでしょう。
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いや、よく見ると蔵の隣にこれまたぽつんと祠があります。
なんなんでしょうかこのふたつの建物は?
広い空地の中に、蔵と祠がぽつんと建っている様はなんだか不気味です。
しかし管理はきちんとされているようで、空地の雑草は刈り込まれています。
国土地理院のホームページから昭和54年の航空写真を見てみると、かつてこの場所は更地でこの建物はなかったようなので、これらの建物はヴィシティができた時に屋敷林の中心辺りから移築されたもののようです。
マンション建築の邪魔だったので端っこに移築されたようですが、なぜこの蔵と祠だけ残されたのでしょうか。
もしかして、草加市が歴史的建造物として保存しようとしているとか?
そうだとしたら素晴らしいことですが、埼玉県南東部はあまり歴史的建造物を大事にしないので疑わしいです。
かつて草加市の近接地には、歴史的建造物の洋館を取り壊し、また日光御成街道の蔵造りの街並みを目先の利益のために軒並み破壊して地域の特色を失い、あげくに財政難から川口市に取り込まれた鳩ヶ谷市がありました。
町に人を呼び込み活性化させるためには、川越市のように地域の特色たる歴史的建造物を大事にしなくてはなりません。
どうか草加市には、旧鳩ヶ谷市の轍を踏んでほしくないと思います。
(訪問月2015年4月)