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岩手県岩泉町にある廃線「岩泉線」の終着駅、岩泉駅を訪問してきました。
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岩泉駅は太平洋戦争中に耐火煉瓦の輸送のために作られた鉄道路線「小本線」を延伸し、1972年に開業したJR東日本岩泉線の終着駅です。
岩泉線は2010年7月31日に起きた土砂崩れによる脱線事故により長らく運休となっていましたが、運営母体であるJR東日本は復旧を断念し、2014年1月、岩泉線は正式に廃線となりました。
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しかし岩泉町出身の知り合いによると、確かに契機は脱線事故だが、廃線になった本当の理由は利用者がほとんどいなかったからだという。
電車は一日に三本くらいしか走っておらず、一本逃せば次は七時間後という運行状況だったため、積極的に利用できる鉄道ではなかったそうです。
1985年の時点で一日の利用者数は186人前後、運休直前の2009年には、一日46人程度だったという。
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明らかな赤字路線であり、JR東日本としては早々に廃止したかったようですが、代替交通機関がなかったため、なかなか廃止できなかったようです。
脱線事故を契機として、JR東日本は事故後、住民や岩手県の反対にもかかわらず岩泉線廃止に方向を定め、バスによって輸送を継続することにして岩泉線を廃止させました。
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もう駅員が立つことのない切符売り場。
岩泉線の駅舎は、現在では代替交通機関となったバスの待合室として使われています。
と言っても、平日の昼間ですが待合室には誰もいませんでした。
駅舎二階は商工会議所になっているようなので、そちらから声は聞こえてきましたが。
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JR東日本岩泉線代替路線バスは、東日本交通岩泉茂市線としてほぼ岩泉線の経路上を走っています。
バスもやっぱり本数は1日三本程度のようですが。
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駅舎内には地元の特産品コーナーがあったりします。
ほとんど地酒のようです。
観光客向けの展示でしょうが、いったいどれだけの人がこの駅舎にやってくるというのでしょう。
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もう使われることのない伝言板…
と、思ったら最近まで書き込まれていた痕がありました。
消す人がもういないため、伝言板は書くスペースがもうないほどのメッセージで溢れています。
岩泉線は廃止になっても、鉄道好き、秘境駅好きなど物好きな人がやってくるらしい。
我々とかね。
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駅舎の奥にある、岩泉駅のホームにも入れます。
このホームと線路にもはや電車がやってくることはない。
しかし今にも電車がやってきそうな気がするのは、かつてここで電車を待ち、電車を降りた人たちの残留思念が残っているからでしょうか。
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ようこそ岩泉へ。
多くはなかったとはいえ、かつてこの言葉に迎えられてこのホームを降りた人たちがいました。
しかしもう、この言葉の下にある扉が開くことはありません。
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岩泉駅の駅舎には、現役だった時代の岩泉線の写真が展示されています。
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走る電車を捉えた一枚。
右に給水塔が写っています。
この給水塔があるのは岩泉線の浅内駅で、調べたところまだ残っているという。
浅内駅は岩泉駅から二つ先の駅で、帰り道の途中にあったので寄ってみることにしました。
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浅内駅にやってきました。
浅内駅は1972年に岩泉線(当時は小本線)が岩泉駅まで延伸されるまで、小本線の終着駅でした。
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誰もいない、ところどころに蜘蛛の巣の張った浅内駅の駅舎。
ここも現在はバスの待合室になっています。
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浅内駅構内にある公衆トイレ。
これ見よがしに臭突が二本立っています。
中に入らずとも、ボットン便所であることがわかります。
中に入るのは恐ろしいので確認しない。
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浅内駅ホーム。
岩泉駅に比べ、線路もホームも雑草に埋もれつつあります。
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ホームから岩泉駅側を見ると、給水塔がありました。
線路上に道ができてしまっていますが、ほぼあの写真のままの状態です。
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給水塔は蒸気機関車が走っていた頃の名残です。
蒸気機関車は蒸気を発生させるために、機関車の水タンクに適宜水を補給する必要がありました。
岩泉線が廃線になる前から、すでに廃墟として残っていただろう給水塔。
時代の流れの中で廃墟となり、そして岩泉線が廃線となるのを見てきた給水塔は、今なおここで蒸気機関車が来るのを待ち続けている。
(訪問月2015年6月)