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秋田県鹿角市にある、史跡尾去沢鉱山の製錬所跡を訪問してきました。
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尾去沢鉱山は秋田県鹿角市にあった巨大鉱山で、田老鉱山、松尾鉱山とともに東北三大鉱山とされています。
鉱石を採掘した石切沢通洞抗のほか、選鉱所や製錬所等の鉱山施設も未だ残る、一大鉱山跡です。
前回の石切沢通洞抗を歩いた後、土産物屋で店員さんに、製錬所を見学したいと言ってみたところ、「崩落のおそれがあるので入れないが、外から見学はできます」といわれ郊外マップを渡されたので見学に行ってみました。
ツアーでなくても見学は可能なようです。
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観光施設「史跡尾去沢鉱山」から車で山を降りていくと、まず左手に廃墟っぽい建物が見えてきます。
ここは郊外マップでいう所の③の箇所にあたり、分析所という施設です。
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採掘した鉱物を分析する所だったのでしょうか。
今は使われておらず、立ち入り禁止になっているようです。
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分析所から道を挟んだ反対側に車を停められるスペースがあり、その先に「選鉱所跡」と書かれた杭があり、その向こうには選鉱所の廃墟が建っています。
選鉱所は尾去沢鉱山から採掘された鉱石をより分け、下の製錬所に送る中継地点の役割を負っていました。
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最大で月間10万トンもの銅鉱石を処理し、国内最大級であったという尾去沢鉱山選鉱所。
昭和53(1978)年、尾去沢鉱山の閉山とともに操業を停止し、現在ではその基礎の部分のみが残されています。
立ち入り禁止の看板があるため近づくことはできません。
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選鉱所の隣には、巨大な煙突が特徴的な製錬所跡が残っています。
製錬所は、鉱山の閉山より少し早い昭和41年(1966年)に廃止されています。
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分析所から山を更に下り、突き当たりに来たところで右に曲がると砂利道が続いており、そこを進むと製錬所前に行くことができます。
大きな倉庫が立ち並ぶ敷地の外側を通るようにして、巨大煙突に近づきます。
このあたりの倉庫は、今もなお資材置き場として使われているのか、トラックや重機などがあちこちに停まっています。
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この倉庫はずいぶん無残に崩壊してしまっていますが、まだ使われているのでしょうか。
休日に訪問したため誰もいませんでしたが、平日に行くと従業員の方が働いているかもしれません。
ところどころに関係者以外立ち入り禁止の看板があるので、そこに入らなければ見学は大丈夫でしょう。
しかし働いている人の迷惑にならないよう、休日に訪問するのがいいと思います。
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車を駐車場っぽいところに停め、少し歩くと、やがて煙突が見えてきました。
尾去沢鉱山・製錬所跡に到着です。
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製錬所で一番目につくのが巨大な煙突です。
これ以上は立ち入り禁止の看板があって近づけません。
煙突の高さは60mで、土木資産に認定されているらしい。
製錬所が稼働していたころは、煙害で周囲の山が禿げ山になったそうです。
確かに今も煙突の周りは禿げていますね。
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煙突以外の製錬所施設跡はかなり近くまで近づくことができます。
外から見学する分には問題ないと言われたし、立ち入り禁止っぽいロープの内側に入らなければ特に問題ないと思われます。
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かつては製錬所の玄関口だったのか、他の建造物より少し前に突き出た柱の建造物。
鉄筋コンクリートの柱だけが残されたその様は、まるで古代の遺跡のようです。
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製錬所が廃止になったのは今から約50年前。
当時はどんな姿をしていたのでしょうか。
まさか柱だけだったってことはないでしょうが。
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右手の先には円形の建造物がありました。
こちらは尾鉱シックナーと呼ばれる装置らしい。
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上に登る道はすべて立ち入り禁止になっていて自分の目で確認できませんでしたが、この円形構造物の上はプールになっているとのことです。
鉱物の表面の性質の差を利用し、採掘した岩石を砕いて泡を付着させ、この状態で水面に攪拌させると、金属を含む鉱石が泡の表面に集まるため、鉱石の回収が容易になるという。
浮遊選鉱という、その作業のための装置のようです。
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横から見た製錬所跡。
しびれるような廃墟っぷりです。
今はただぽかんと黒々とした口を開けているこの中でも、かつては何百という人が採掘した岩石の製錬作業を行っていたのでしょう。
尾去沢鉱山から採掘される鉱石によって、尾去沢の町は東北地方で最も早く文明開化の影響を受け、また戦後復興期の日本を支えました。
鉱山が最盛期の頃には、町には鉱山で勤務する人やその家族のために、東北最大規模の舞台設備が作られ、芸能人による公演や映画が上映されるなど、繁栄を謳歌していたという。
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しかし、時代は変わり、採算の取れなくなった製錬所は廃止され、その後鉱山も閉山し、今はただ、当時の夢の跡が残っているだけです。
ぼろぼろになった骨組みだけが残されたその姿は、まるで子供の成長に自分のすべてを捧げ、せいもこんも尽き果て年老いて死にゆく老人のようです。
日本の近代化の礎となった尾去沢鉱山は、今、看取る者もないまま、ゆっくり崩壊へと向かっていました。
(訪問月2015年5月)