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埼玉県川口市元郷にある、川口アートファクトリーを見学してきました。
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埼玉県川口市。
「キューポラのある街」として、鋳物産業で発展してきた川口ですが、現在では鋳物産業が衰退。
かつてたくさんあった鋳物工場は、徐々にマンション等に建て替えられています。
時代の流れの中で、川口は鋳物の街としての特色をなくし、単なる帝都東京のベッドタウンとなりつつあるようです。
そんな中、今も残る鋳物工場跡を見学してきました。
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埼玉高速鉄道川口元郷駅から、徒歩五分ほどの場所。
川口市ベッドタウン化の象徴ともいえるエルザタワー55の隣に、「KAF(川口アートファクトリー)」というレンタル撮影スタジオがあります。
ここには留置場風の部屋など、個性的な七つの部屋があり、撮影会等で利用できる撮影スタジオです。
それ以外にもアーティストのアトリエスペースとして貸し出され、講演なども行われているとのこと。
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この川口アートファクトリーは工場跡地を利用した撮影スタジオです。 
その前身は『日本金属鋳造工業株式会社』 という会社の機械部品製造工場でした。
しかし第二次オイルショックがあった1979年、工場での部品生産は停止になり、その後、工場は貸工場に転身。
現在はその特異な空間を利用し撮影スタジオとして、またアーティストのアトリエスペースとして一般に貸し出されています。
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もともとこの工場は昭和10年代に、日本ピストンリング株式会社が軍需工場として建てたものです。
日本ピストンリング株式会社とは、内燃機関用ピストンリングを開発した会社で、この軍需工場は陸軍省・海軍省指定の軍需工場として、海軍の零式艦上戦闘機や陸軍の一式戦闘機「隼」、四式戦闘機「疾風」のエンジン部品を生産していたという。
当時の日本ピストンリング株式会社の工場の敷地は広大なもので、現在のエルザタワー55やエルザタワー32、サミットなどが入っているライオンズスクウェアビルなどはすべてこの軍需工場の敷地だったようです。
日本金属鋳造工業株式会社は、戦後、この日本ピストンリング株式会社の工場の北端の一部を買い取り、鍋ややかん、機械部品などを生産した後、現在に至っています。
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角が生えたような、特徴的な建物の川口アートファクトリー。
あの中央の突起物は何に使うんでしょうか。
いい感じにサビの浮き出たトタン板が魅力的で、とても歴史を感じさせます。
この工場の建築は昭和17年頃とされていますが、近くにあった味噌蔵・風呂屋を移築したものではないかと言われており、正確な建築年数は不明だという。
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川口アートファクトリーの向こうには大きなマンションが見えます。
川口アートファクトリーは、耐震上の理由から年内に営業を終了し、その後取り壊されて跡地はマンションになる予定だという。
仕方のないこととはいえ、歴史的建造物がまたひとつ消えていくのは残念ですね。
これをもって、日本ピストンリング株式会社が川口元郷に作った軍需工場はすべてなくなります。
太平洋戦争末期には約一万人が軍需物資生産に従事し、川口駅からこの工場へ出勤する人の行列ができていたという軍需工場。
今、その歴史が終焉を迎えようとしています。
(訪問月2015年10月)