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埼玉県比企郡吉見町にある、吉見百穴を訪問してきました。
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吉見百穴は、古墳時代後期のものといわれる横穴墓群です。
凝灰岩の岩山に多数の穴が空いており、この穴はすべて墳墓であるという。
百穴と呼ばれていますが、現在穴はそれ以上の219個。
岩山に多数の砲弾を受けたようなその奇観は、見るものを圧倒します。
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この穴ひとつひとつが墓。
まるで墓のマンションですね。
穴の中は台座状構造になっており、そこに棺桶を安置したとのこと。
古代の墓をそのまま残す吉見百穴は、大正12年に国指定史跡となっています。
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そんな吉見百穴の一角に、墓穴とは違う巨大な穴が空いています。
この穴は、第二次世界大戦中、地下軍需工場用に掘られたものです。
太平洋戦争の戦況が悪化し軍需工場が空襲にさらされるようになると、一式戦闘機「隼」や四式戦闘機「疾風」、夜間戦闘機「月光」等を量産していた中島飛行機(現・富士重工)は、アメリカ軍の空襲を避けるためにこの吉見百穴の地下に軍需工場を作ろうとしました。
中島飛行機は大宮工場エンジン製造部門の設備を吉見百穴の地下に移し、この地下でエンジンを製造しようとしました。
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工事は昭和20年初頭から8月にかけて進められましたが、本格的な生産に入る前に終戦となってしまいました。
結局、エンジンはほとんど製造されることなく、それだけならまだしも地下壕を掘削した際にいくつかの墳墓を破壊してしまったとのこと。 
国指定の史跡を破壊してまで軍需工場を作ろうとしていたところに、当時の日本がいかに軍国主義、そしていかに切羽詰っていたかということが感じられます。
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また吉見百穴の北東にある八丁湖公園には、吉見百穴と似たような「黒岩横穴墓群」があります。
黒岩横穴墓群は、発掘はされていないだけで500基以上はあると推定されており、吉見百穴をはるかにしのぐ大規模な集合古墳であると考えられています。
またこの黒岩横穴墓群の付近には、旧日本陸軍による医薬品の貯蔵を目的とした「黒岩倉庫」の地下壕も数本残っているそうです。
古代の古墳と、現代の戦争遺跡が混在する吉見百穴と黒岩横穴墓群。
古代の香りと戦争の傷跡が息づく不思議なこの史跡を訪問されてはいかがでしょうか。
(訪問月2011‎年‎4‎月)