ペリリュー島観光ツアーの最後に、日本軍の野戦病院跡といわれる「千人洞窟」を訪れたので紹介します。
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千人洞窟は、ペリリュー島の海の玄関口である北の波止場から南に数百メートルの場所に位置しています。
千人洞窟は水戸山と呼ばれる岩山を南北96メートル、東西36メートル掘り進めた防空壕で、負傷者が続出したペリリューの戦い後期は日本軍の野戦病院になっていたという。
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千人洞窟入口にある標識。
「THOUSAND MEN CAVE」と書かれてあります。
千人洞窟は、文字通り千人を収容できる規模の防空壕兼野戦病院であったと言われています。
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懐中電灯を片手に洞窟内へ入っていきます。
もちろん照明なんて気の利いたものはありません。
内部は非常に蒸し暑く、そしてとても息苦しいです。
日本の洞窟にはいろいろ行ったことがあり、その大半が肌寒い洞窟でしたが、この洞窟はそれとはまったく違いサウナのような洞窟です。
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洞内には様々なものが散乱していますが、とりわけ多いのが当時のビール瓶です。
洞窟の中はこうして立っているだけで額に汗が浮かんでくるほど蒸し暑く、また衛生状態も悪いため大量の水が必要だったと思われます。
しかしペリリュー島の水源地は一つしかなく、日米両軍、とりわけ万年物資不足の日本軍は水不足に悩まされていたと言われています。
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負傷兵を治療していたと思われる包帯のようなものも落ちていました。
茶色くなっているのは血の跡でしょうか。
この洞窟にいた多くの将兵がこの洞窟内で亡くなったとのことです。
今はもう遺骨収集団体によって回収されましたが、少し前までは多数の遺骨が洞窟内に散乱していたという。
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洞窟内には多数の負傷者を収容するためでしょう、通路上のあちこちに岩をくりぬいて作った小部屋があります。
ここには負傷兵が身動きもとれない状態で寝かされていたといいます。
しかしこの洞窟に侵攻してきた米軍は、火炎放射器で負傷兵ごと洞窟を焼き払いました。
米軍の接近に気づき、別の出口から逃げられた兵はかろうじて助かりましたが、ほとんどの負傷兵が動けないまま焼き殺されたそうです。
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やがて洞窟の終端にたどり着きました。
ここから先は崩落が激しく、行かない方がいいとガイドさんに言われました。
奥では人が歩けないような狭い空間の中で、蝙蝠と思しき黒い影が飛んでいます。
他のツアー客がガイドさんに続いてここで反転していくのに続いて、私ももと来た道へ歩き出しました。
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その時でした。
唐突に、後ろから誰かにポンと肩をたたかれたのです。
誰だろうと思って振り返ると、誰もいない…
おかしいと思ってもう一度前を見ると、すでに他のツアー客はかなり先を歩いています。
ふと左を見ると、そこには負傷兵を寝かせていたと思われる窪みがあって、その奥には小さな観音様と旭日旗が安置されていました。
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「誰か私の肩に触りましたか」と他のツアー客に聞くも、誰もやっていないと言う。
しまいには「そういうの(霊的なものの意)がわかる人なんですか」と言われてしまう始末。
残念ながら、私はそういうものを感じられる体質ではありません。
奇妙に思いながらも、洞窟を後にする他のツアー客に続いていくと、ふと、足下に無数に散乱するビール瓶が目に入りました。
ペリリューの戦いの中盤である10月17日、日本軍はペリリュー島の唯一の水源地であった池をアメリカ軍に占拠され、深刻な水不足に陥りました。
この暑い洞窟内で、動けない重傷を負いながら、水も飲めない状況だった将兵たちはどれほどの苦しみだったのでしょうか。
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やがて、洞窟の入り口まで戻ってきました。
千人以上の将兵がここで亡くなったともいわれる千人洞窟。
たったこれだけの洞窟探訪でも、私は全身に汗をかき、のどが渇いて無性に水が飲みたくなりました。
懐中電灯を消し、じっと洞窟の暗闇に耳を澄ましていると、ここで命を落とした人たちの、果てしなく続いた渇きの慟哭が聞こえてくる。
かつてこの蒸し暑く息苦しい、漆黒の闇の洞窟の中で、故郷の家族を守るためにあらゆる苦難と闘い続け、そして亡くなった人たちがいたことを、我々は知らなければならないと思います。
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千人洞窟を出てから、他の千人洞窟の入り口を探していると、別の入り口を見つけ、その岩壁に黒ずんでいる箇所があるのを見つけました。
ガイドさんに尋ねてみると、これは火炎放射器で洞窟を焼いた痕だそうです。
ここからアメリカ軍は、動けない傷病人でいっぱいの千人洞窟内に火炎放射器を放ったようです。
ペリリュー島の戦いに勝ち、第二次世界大戦に勝利したアメリカ軍。
今もなお、各地で戦争を続けるアメリカには疑問も残ります。 
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この千人洞窟の探訪をもって、ペリリュー島の戦跡ツアーは終わりです。
かつて、多くの将兵の命を呑み、人間を呑み込んだ千人洞窟。
洞窟の前から車で移動し、洞窟のある山が見えなくなった時、私はほっと息を吐きました。
洞窟内にいる間は不謹慎だと思ったので考えないようにしていましたが、実は洞窟にいる間中、蒸し暑さの中で、ぞっとするような薄ら寒さを感じていたのです。
汗が噴き出るような暑さの中で寒気を感じる…こんな経験は初めてでした。
ひょっとしたら千人洞窟では、私が想像するよりもずっと過酷な何かが、あったのかもしれません。
この地で亡くなられた方々の魂が安らかならんことを。
(訪問月2012‎年‎9‎月‎) 

※本記事は当ブログ創設期(2014年4月)に書いたパラオの記事を、ブログ二周年記念として書き直した記事です。