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府中トロポサイトの名で知られる、府中市の米軍府中基地通信施設跡地を歩いてきました。
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前回からの、米軍府中基地跡散策の続きです。
平和の森公園の北側には米軍府中通信施設「府中トロポサイト」と、米軍住宅の廃墟が残っているという。
今回はこの府中トロポサイトと廃墟群を見て回ります。
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平和の森公園横にある府中トロポサイトのゲートは当然ながら立ち入り禁止なので、ゲート東側にある鉄条網付きフェンス沿いの道路を北上していきます。
米軍府中基地跡の東側は普通の市民が暮らす住宅地になっており、一方通行の狭い道路を挟んで、米軍の廃墟と一般市民の住宅が向かい合っている状況です。
米軍府中基地の敷地内は、もはや手を入れる人は誰もいないのか荒れるに任すままになっており、無秩序に生い茂る緑の奥に、時折崩壊しかかった廃墟が顔を覗かせています。
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フェンスに沿って北へ歩いていくと、フェンスのすぐ向こうに巨大な三階建ての集合住宅廃墟を見つけました。
こちらは米軍基地に勤めていた人たちが、かつて住んでいたという米軍住宅の廃墟だそうです。
巨大な集合住宅は蔦が絡まりまくりで、さながら幽霊屋敷のような外観になっています。
昼に見れば何かの遺跡のように見えなくもありませんが、夜に見たらさぞ不気味だろうと思われます。
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なお、集合住宅廃墟のすぐ正面には、都営浅間二丁目アパートが建てられています。
この都営住宅は最近建て直されたのか真新しい建物で、普通に市民が居住しておりときどき人の往来があります。
同じ集合住宅だというのに、動と静のコントラストがあって、まるでフェンスの向こうは別世界のような錯覚を覚えます。
もっともまだここに米軍がいた当時は、別世界とは言えなくとも別の国ではあったわけですが。
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また都営住宅の側面にも、別の廃墟化した蔦まみれの米軍集合住宅があります。
こちらも緑でデコレーションされていて、元の外観がよくわからない建物になっています。
一面緑のその様は、まるで米軍敷地を防衛する巨大な壁のようにも見えます。
四棟南北に並んでいる都営住宅浅間二丁目アパートですが、二つの緑で包まれた巨大な米軍集合住宅廃墟に南側と西側、正面と左側面を挟まれるような格好になっています。
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緑の隙間からはドアや窓がちらほらと顔を出しており、かろうじてここが出入り口であったんだろうなということがわかります。
しかしその出入り口のほとんどはベニヤ板で覆われており、中はどのようになっているのかここからでは伺い知ることはできません。
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巨大廃墟に囲まれた都営浅間二丁目アパート。
住民の方はどのような思いで、毎日この不気味な廃墟を見ているのでしょうか。
ちなみに私も以前、ここまでではないにしろ目の前に廃墟となった団地がある団地(しかも、その団地も廃墟化寸前で自分の他数人しか住んでいない)に住んでいたことがありましたが、むしろ静かで快適でした。
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米軍府中基地跡の北端までやってきました。
敷地北端の先は民間の駐車場になっています。
駐車場からは、縦に並んだ米軍集合住宅廃墟が一望できました。
この巨大な米軍集合住宅廃墟は、この付近に五棟まとまって建設されていたようです。
その廃墟の向こうに、「府中トロポサイト」の象徴といえる大型のパラボラアンテナが見えました。
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今度は駐車場から、米軍府中基地跡の西側にある住宅地の中を南下していきます。
住宅地の中を通る生活道路を歩いていくと、普通の家の奥に、今度は二階建て米軍集合住宅廃墟が見えました。
住宅の通し番号でしょうか、入り口に「882」という番号が表記されています。
いかにもアメリカ住宅らしい表記ですね。
これら住宅が使われなくなってから、もう30年以上の歳月が経過していると思料されますが、いったいいつまでこのままなのでしょうか。
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やがて住宅のない、見通しのいい場所に出ました。
ここからならパラボラアンテナがよく見えそうです。
おお、あれだ、あれだ。
あった。 
生い茂る緑の向こうに、一基のマイクロウェーブ棟と、二基の巨大パラボラアンテナが見えました。
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これが冷戦期、米軍通信基地の中枢として、日本国内各地の在日米軍と通信していたという二基のパラボナアンテナ、府中トロポサイトです。
もう使われていないため、アンテナは骨組みだけとなっています。
しかしその堂々とした威容は、ここがかつて米軍中枢の通信基地であったことを、強烈な自己主張をもって今も伝えています。
冷戦は終わり、平和な世の中となった現在ですが、少し前まではすべてを焼き尽くす戦争がすぐ隣にあったのであり、そして今もなお、うっかりすると手の届きそうな位置にあることを教えてくれる廃墟です。
(訪問月2016年5月)