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北区王子にある軍需工場跡地、東京第二陸軍造兵廠王子工場跡を歩いてきました。
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この地図は以前、北区王子の貨物線跡「北王子線」を歩いたときに発見した産業考古学探索図です。
地図のちょうど真ん中には、板橋火薬製造所王子工場(東京第二陸軍造兵廠王子工場)という軍需工場があるのがわかるのでしょうか。
ここは以前に訪問した東京第二陸軍造兵廠(板橋工場)の王子工場で、陸軍の兵器弾薬の製造を行う軍需工場でした。
今回はこの軍需工場跡地を探索したいと思います。
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現在地は北区王子六丁目、東京法務局北出張所前の元・軍用鉄道軌道上です。 
地図の中央を走る当時の軍用鉄道が走っていた場所は、現在では道路になっており当時を思わせるものはほとんど残っていません。
この道路を西の板橋方向に歩いていくと、当ブログで紹介したちんちん山児童遊園があり、さらに先には東京第一陸軍造兵廠「十条工場」東京第二陸軍造兵廠「板橋工場」があります。
板橋工場」「十条工場」「王子工場」「滝野川工場」かつてこの地域にあったこれらの軍需工場は、軍用鉄道によって繋がっており、施設間の輸送を行っていました。
また、ここより東側には地図上の「豊島ドック」と呼ばれる掘割があって、輸送された軍需物資はそこから隅田川の水運に流されていたようです。
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東京第二陸軍造兵廠王子工場の跡地には現在、官公庁が数多く建設されています。
写真は東京法務局北出張所に近接している、王子税務署(右)と王子警察署(左)。
王子警察署は現在建て替え中で、すぐ隣に新庁舎が造られています。
平成29年に落成予定とのことで、最近は東日本大震災の教訓からか、警察施設の耐震工事がよく見られますね。
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また王子工場の跡地には学校も数多く作られています。
写真の都立飛鳥高等学校をはじめ、東京成徳大学高校、駿台学園、明桜中学校など複数の教育機関があり、北区でも有数の文教区域になっています。
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しかし、工場跡地内にある建物でもっとも多いのは団地です。
公務員住宅や都営住宅など、国や地方公共団体が管理する団地がずらっと並んでいます。
写真左手に整然と並んでいるのは国家公務員住宅。 
官公庁、学校、団地など大きな敷地を必要としている施設が建っているところは、元軍用地であった可能性が高いというのが私の持論ですが、ここ東京第二陸軍造兵廠王子工場跡地はそのすべてが密集しています。
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この巨大な団地は都営住宅王子三丁目アパートの7号棟です。
すぐ真下には王子北保育園があります。
王子工場敷地内は団地密集地のためか、王子北保育園だけでなく王子保育園、豊川保育園、児童館など保育施設も密集しており、若い世代が生活しやすい住宅環境になっているようです。
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王子工場跡地の北端には、会計検査院王子書庫があります。
会計検査院は国や地方公共団体の財政・会計決算を検査する機関です。
しかしこの王子書庫は現在改築工事準備中のようで、建物は立派なのに人の気配がまったくない廃墟のような状態になっていました。
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こちらはその王子書庫に隣接して建設されている財務省王子寮です。
王子書庫に勤めていた公務員の住宅だったのでしょうか。
会計検査院王子書庫の改築工事に伴いこちらも工事予定なのか、フェンスでがっちりと入り口が閉鎖されています。
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同じく会計検査院王子書庫に隣接している財務省王子寮。
こちらも門は閉じられ一階ベランダの窓はベニヤ板で塞がれています。
今は誰も住んでおらず、廃墟化しているようですが、建物自体が妙に新しく見えます。
ひょっとして、改築工事(外壁工事)は終了した後なのでしょうか。
これから人が入居してくる予定なのかもしれません。
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王子書庫の北側には紀州通りという名の道路が走っています。
この紀州通りは、かつての北王子線からの分岐線「須賀線」の線路跡に造られた道路です。
須賀線は現在の豊島五丁目団地がある場所まで線路が延びていて、産業考古学探索図によればかつてそこには陸軍造兵廠豊島貯弾場と須賀駅があったという。
北区は本当に旧軍事施設だらけの都市ですね。
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王子工場の北端、紀州通りまで来たところで、再び王子警察署方向に戻ります。
右手にはまたも団地の廃墟がありました。
こちらは東京国税局王子宿舎のようですが、建物の真新しさに比べ、門や駐車場の廃っぷりがアンバランスですね。
建物のみ改修工事をしているのでしょうか。
財務省王子寮と東京国税局王子宿舎は、おそらくは日本の敗戦と同時に軍用地が無用のものとなったため、そこを転用してほぼ同時期に作られた建物と思料されますが、たぶんその時期に作られた建物は、耐震上の不安がある建物であったのだと思います。
ゆえに東日本大震災で耐震設備が注目されるようになった今、公務員住宅も改修工事を行っているのかもしれません。
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東京国税局王子宿舎からさらに南へ歩いていくと、今度はフェンスに囲まれて目下工事中の都営住宅がありました。
こちらは都営高層住宅王子三丁目団地という一般都民向けの都営住宅のようです。
フェンスに書かれた工事予定を見ると、都営高層住宅王子三丁目団地(第一期)とあり、第何期まであるのかわかりませんがこの付近にある都営住宅を順次、改修工事する予定があることをうかがわせます。
耐震改修が行われるのは公務員住宅だけではない模様ですね。
王子警察署をはじめとして、これだけの施設が一気に建て替えもしくは改修工事を行っていることが、逆にこの地が太平洋戦争の敗戦まで軍用地であり、戦後のある一時期にまとめて建物を作ったということを改めて感じさせます。
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都営高層住宅王子三丁目団地からさらに南へ歩くと、東京成徳大学大学院心理学研究科心理・教育相談センターがあります。
臨床心理士を育成する大学院のようですが、その先にあるゴミ捨て場に、かつてこの地が日本陸軍の軍需工場であったことを示す軍事遺跡が残っていました。
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どくだみの葉に隠れるようにして埋まっている、一本の境界石。
下部の方は埋まっていて見えませんが、葉をどけると、「陸軍」の文字が見えました。
「陸軍用地」と書かれた境界石で間違いないと思います。
敗戦によって日本は軍備が制限され、平和への希求からその存在が許されなくなった軍需工場。
臭いものには蓋をするかのように、軍需工場は跡形もなく取り壊されてしまいましたが、この境界石だけがかつてここが軍需工場であり、ここで働いていた人がいたことを、町の裏路地の片隅で、声なき声で語り続けている。 
(訪問月2016年5月) 

〔以下は2018年2月追記〕
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前述の軍用地境界標石裏側にそびえたつこの塀は、かつて東京第二陸軍造兵廠王子工場を囲んでいた軍用地境界塀だそうです。
軍需工場の通用門だったらしき場所も残っており、ここは現在はブロック塀で塞がれていました。
前回の訪問からおよそ2年ぶりにこの周辺を歩きましたが、警視庁王子警察署の新庁舎が出来上がっているなど、周辺の工事は進んでいました。