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沖縄県那覇市首里、沖縄に来たらここは外せないといわれる観光スポット、首里城跡を歩いてきたので紹介します。
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個人的に、史跡であっても誰もが行くような超観光地はあまり好きでなく、沖縄をよく知る人に首里城跡について尋ねたところ「復元しかも工事中」と言われたため、行く予定はなかったのですが、20時まで開館(7月~9月)しているのは首里城跡くらいであり、久高島訪問後の夕方に時間があったため立ち寄りました。
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というわけで行ってみたらこんな感じ。
首里城を見に来ていた観光客の一人が、「私の知っている首里城と違う!」と嘆いていました。
まあ、これじゃそうも言いたくなるわなあ……
首里城は沖縄戦の最中、米軍に完全に破壊されてしまい、今あるのは復元です。でも世界遺産。
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しかし、パンフレットにこそ載っていないものの、首里城跡には首里のもうひとつの歴史ともいえる帝国陸軍第32軍司令部壕があります。
沖縄戦当時、沖縄守備の第32軍は、この首里に地下司令部壕を築き、沖縄中部に上陸して南下してきた米軍をこの一帯でくい止めました。
第32軍司令部壕は守礼門をくぐり、世界遺産園比屋武御嶽石門の横にある大階段を降りたすぐ左にあります。
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壕は立ち入り禁止のようなので、格子の隙間にデジカメを突っ込んで撮ってみました。
閉鎖されているのでしょうか、目の前は壁です。
崩落の危険性があり公開できないとのことでしたが……
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事前情報によると、首里の黒歴史のごとくひっそりと穴が空いているだけで、これがなんなのかよくわからないということでしたが、私が行ったときにはこのような説明台が設置されておりました。
首里城案内所の人も場所を親切に教えてくれたし、紹介しようという動きはあるようですね。
将来的には壕内も公開されてほしいものです。
復元の首里城よりこっちのほうが歴史的価値があるんじゃないですかね。
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圧倒的な戦力差があったにもかかわらず、第32軍は首里戦線で米軍をよくくい止め、何度も撃退したとされています。
しかし総攻撃の失敗などにより戦力を減耗させた第32軍は、部隊の壊滅を遅らせ少しでも時間を稼ぐために、この司令部壕を放棄し南部の喜屋武半島へ撤退、陣地を再構築します。
だがそこは、多数の民間人が避難し隠れていた場所でした。
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米軍の日本本土侵攻を遅らせるため、沖縄本島南端に撤退してまで戦い続けた第32軍。
その結果として、避難民に多大な犠牲を強いることになってしまいます。
この壕のある場所が、今まで見てきた壕の中で一番観光客が多い、通りやすい場所にもかかわらず、特に整備されることもなく、観光客から見向きもされないのは、そうした事情があるからでしょうか。
(訪問日2013‎年‎7‎月‎14‎日)