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今回の訪問先は、渋谷区宇田川町にある東京陸軍刑務所跡地です。
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電車に乗って、渋谷駅前の繁華街にやってきました。
「新宿」「六本木」「池袋」の繁華街と並び、帝都東京を代表する、あまり治安のよくない盛り場である渋谷。
昔、目黒区に住んでいたことがあり、渋谷にもよく行っていたのですが、休日は子供と行動しなければならなくなった今となっては、はっきり言って近寄る機会がなくなった街です。
人間、歳によってよく行く町というのは変わっていきますよね。
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この辺りは京王井の頭線渋谷駅北側、TOHOシネマズ渋谷の裏手に当たる飲み屋街。
盛り場らしくT.U.C Shopの看板や飲み屋の看板があります。
正面にある赤い飲み屋の看板に囲まれ、一見しては見えなくなっている場所に、実は小さな史跡が残っています。
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そこにあるのは「陸軍用地」と刻まれた花崗岩製の陸軍境界石。
いろんな意味で写真がものすごく撮りにくい場所にあるのですが、刻印された文字は風化することなくはっきりと残っています。
かつてこの場所が帝国陸軍の用地であったことを示す境界石であり、今は日本有数の繁華街である渋谷ですが、戦前までは近くに代々木練兵場駒沢練兵場などがあり、陸軍施設が集中する帝国陸軍の一大拠点でした。
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渋谷駅前から、若者で溢れかえる渋谷センター街を北上していきます。
戦後、山の手大空襲などで焼け野原になった渋谷宇田川町には、在日台湾人による大規模な闇市があったという。
かつての闇市の面影はないセンター街を歩いていくと、やがて東急ハンズ渋谷店がある神南小学校下交差点に到着しました。
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東急ハンズ渋谷店の向かい側、神南小学校下交差点に面する渋谷区清掃事務所宇田川分室です。
この事務所の敷地内にも、陸軍の境界石が残っています。
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この陸軍境界石は、戦前までこの辺りにあった「東京陸軍刑務所」の軍用地境界石です。
この境界石より北側、渋谷区立神南小学校や渋谷税務署等を含む地域には、かつて戦争犯罪等を起こした軍人や戦闘員などを収容した軍事刑務所、東京陸軍刑務所がありました。
日本の都市を爆撃した連合国軍航空機の搭乗員などもここに収容されており、1945年5月25日に発生した山の手大空襲の際には、収容されていた62名の連合国軍飛行士が焼死する事件が起こっています。
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東京陸軍刑務所の跡地にできた渋谷税務署の脇には、慰霊像が建っています。
この慰霊像は、昭和11(1936)年2月26日、日本陸軍第一師団歩兵第一連隊同第三連隊近衛歩兵第三連隊等の皇道派青年将校らがクーデターを起こした二・二六事件の慰霊像です。
二・二六事件は青年将校が昭和維新を叫んで実行され、時の大蔵大臣高橋是清や内大臣斉藤実を殺害しますが、3日後には反乱軍として鎮圧された事件です。
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慰霊像の台座には、二・二六事件の概要を知らせる銘文があります。
クーデターに失敗し、日本軍に包囲された反乱軍の青年将校らは降伏。
参加した将兵の下士官以下は原隊に復帰したものの、首謀者であった青年将校らは東京陸軍刑務所に収容され、その後この地で処刑されました。
この慰霊像は、その時刑死した青年将校ら、そして二・二六事件の犠牲者の魂の慰霊のために、昭和40(1965)年ここ東京陸軍刑務所跡地に建立されたものです。
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そんな二・二六事件の慰霊像が建つ東京陸軍刑務所跡地。
実は、若者の間で告白やプロポーズのパワースポットとなっているらしいです。
なんでも、刑死した青年将校の霊が告白やプロポーズを応援してくれるんだとか。
また、二・二六という数字も「夫婦ロック」で語呂がよく、告白を成功させるパワーがあるという。
完璧ですね。
ただ、ここでプロポーズして結婚できても、将来二つの派閥に分かれた上に、最終的にクーデターを起こされそうな気もしなくない。
(訪問月2016年8月)