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江東区夢の島にある植物園、夢の島熱帯植物館を歩いてきました。
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夢の島熱帯植物館は、ゴミの埋め立て地である都立夢の島公園内にある植物園です。
熱帯植物を主として栽培・展示している植物園で、大温室のドームが三つ連結されています。
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温室の中はこんな感じに熱帯植物がぎっしりで、ゆっくり見て回ると所要一時間程度かかります。
入館料は東京都が事業主体であるため、格安の一般250円。
この規模の植物園としては、コストパフォーマンスは格別です。
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温室はドーム型で、見上げるとかなり上の方まで熱帯植物が生い茂っています。
一年を通して気温が高く、雨が多い熱帯雨林。
その環境を再現しているため、温室の中は蒸し暑いです。
世界に熱帯雨林は、大まかに分けて東南アジア、中部アフリカのコンゴ川流域、中南米のアマゾン川流域に分布しています。
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ドームの中では、リョウリバナナの果実がなっていました。
リョウリバナナは我々が普通に食べているバナナとは異なる遺伝子の型を持つ別種のバナナで、緑色をした果実は固いため、蒸したり焼いたりして食べます。
熱帯地方で広く栽培され、日本でも沖縄で栽培されています。
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熱帯雨林とかいうとこのようにあちこちに果実が実っている豊饒の地というイメージがありますが、実際には、人の手が入らなければ果実など人が食べられるものはほとんどないそうです。
乾期のない熱帯雨林では、樹木が実を結ぶ機会に乏しいため、栄養を固い樹幹の中や根に蓄積して果実を作らないからだとか。
太平洋戦争で南方に派遣された日本軍、ニューギニアやソロモン方面の攻略を担当していた陸軍の第8方面軍などは、食糧不足で飢餓による死者を多数出しています。
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温室の中には、密林の中を流れる川を模して作られたような池がありました。
ちなみにこの夢の島熱帯植物館がある夢の島も、かつては海でした。
夢の島の始まりは、荒川河口で土砂が自然堆積した干潟で、アサリやハマグリ、コウナゴ等がよく採れたそうです。
太平洋戦争の直前の昭和14(1939)年頃、この干潟を飛行場(東京市飛行場)にするため埋め立てが開始されましたが、戦争の激化により中断、敗戦後にアメリカ軍が羽田空港の拡張工事を行うとこの計画は幻になりました。
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昭和32(1957)年、東京都はこの半埋め立て地を都内のゴミの投棄場所に指定。
夢の島は、高度経済成長に伴い大量に発生し、捨てられたゴミで写真のようになってしまいました。
夢の島のゴミから発生したハエや悪臭が江東区民の住宅を襲い、やがて東京ゴミ戦争と呼ばれる大問題にまで発展したという過去をもっています。
夢の島熱帯植物館は、そんなゴミを埋め立てた土地の上に建っています。
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夢の島熱帯植物館には温室以外にも展示施設があります。
こちらは熱帯地域の昆虫の標本。
以前にファーブル昆虫館で見た、熱帯マレー半島に棲む昆虫サカダチコノハナナフシも並んでいます。
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そしてこの手の展示施設には定番と言っても過言ではないスズメバチの巣。
この巣はキイロスズメバチの巣ですが、なぜにこれほどスズメバチの巣はあちこちに展示されているのだろう。
花と緑の振興センターファーブル昆虫館熱海城など、スズメバチの巣は色々な展示施設で見かけます。
謎の展示物です。熱帯と関係ないし。
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最後に、熱帯地域の原住民の仮面が陳列されているコーナーがありました。
これら仮面をつけて、記念撮影をしてもOKだという。
ここで夢の島熱帯植物館訪問の記念撮影しましょう。
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このカメルーン共和国の仮面に埋め込まれているコインは、1925年ころにカメルーンで使われた2フラン硬貨です。
元々ドイツの植民地であったカメルーン東部が、第一次世界大戦のドイツ敗戦でフランスの委任統治下になった時期(1919~1945年)にパリ造幣局で発行されたもので、後のカメルーン独立とともに発行されなくなったため、その時代を表すものとして貴重なものです。
本物だったら、一枚10万円以上はすると思うんですがね。
(訪問月2016年8月)