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八丈島八丈町三根にある戦争遺跡、人間魚雷「回天」の壕を歩いてきました。
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現在地は、八丈島の海水浴場のうちもっとも観光客で賑わう底土海水浴場です。
砂浜が少ない八丈島では、この底土海岸が比較的整備され一番安全に海水浴ができるため、多くの人が海水浴やダイビングに訪れています。
底土海岸は駐車場も完備され、夏には八丈島納涼花火大会が開催されています。
ボラ
海水の温度によるのかもしれませんが、底土海水浴場はかなり浅いところまで魚がやってきています。
シュノーケルをやってみると、手が届きそうなくらい浅瀬にたくさんの魚が泳いでいました。
ボラやヤマブキベラ、フエフキダイなど様々な魚を間近で見れます。
特にボラが多かったです。
網でボラを取ろうと頑張っている人がいましたが、さすがにそれは無理のようでした。
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そんな底土海水浴場に来た目的は、海水浴ではありません。
底土海水浴場の南側にある山の海岸沿いには、太平洋戦争末期ここ八丈島で、迫るアメリカ海軍の艦隊を迎撃しようとしていた人間魚雷「回天」の格納壕があるという。
今回は楽しそうな海水浴客を尻目に、この回天壕の方に行ってみたいと思います。
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底土海水浴場前を通る八丈一周道路を南へ歩いていくと、東海汽船のフェリーが入港する底土港があります。
底土港は通り抜けできないので、迂回して南の山の方へと歩いていきます。
迂回路途中には出光興産の八丈島油槽所があり、その先の垂土橋を渡ります。
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垂土橋は、ほとんど水が流れていない放水路のような川に架かっています。
八丈島の山々は雨水を溜めやすい性質らしいですが、降水量が激しい時は山間部に溜まった水をここから太平洋へと流すのでしょうか。
この川の南側を通る川沿いの道を歩いていくと、やがて岩肌にぽっかりと空いた壕口が見えてきます。
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黒々とした巨大な口を、やや海の方に向けるようにして空けている人間魚雷「回天」の八丈島底土基地二号壕。
幅は3メートル、高さは3.5メートルと、魚雷を格納していただけあって壕口はかなり大きいです。
この壕に回天を格納し出撃の時を待っていた部隊は、日本海軍第四特攻戦隊第二回天隊とされています。
この部隊には回天が八基配備されており、ここ底土に四基、末吉の石積鼻に四基を配置し、この壕にはそのうちの回天が二基格納されていたそうです。
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壕の前には八丈町教育委員会が設置したこの壕の解説板がありました。
人間魚雷「回天」とは、日本海軍の超大型魚雷「九三式魚雷(酸素魚雷)」に人が乗れるスペースを確保し、魚雷を搭乗中の人間が直接操縦することによって、敵艦に体当たり攻撃を行う太平洋戦争末期の特攻兵器です。
脱出装置はなく、搭乗員は暗闇の中を最高速度時速55kmで走り回り、特攻という名の死に向かって突入しなければなりませんでした。
回天の原寸大模型はこちらです。
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回天壕の中はひんやりとしていて、頭上からは絶え間なく地下水が降り注いできます。
そのため滑りやすく、足下には注意が必要です。
「回天」を格納していたというから、壕床は平坦かと思っていましたが意外と凸凹でした。
壕は奥まで37メートルあります。
ちなみに回天の長さは14.75m、直径は1mです。
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太平洋戦争末期、「回天」はここで出撃の時を待っていました。
もともと回天は潜水艦から発艦する水中特攻兵器でしたが、底土回天隊は壕からレールで直接海中へ搬送され、八丈島へ侵攻してきた敵艦隊を迎撃する特攻戦隊でした。
しかし八丈島へ敵艦隊は来襲せず、出撃の機会は訪れないまま大日本帝国はポツダム宣言を受諾し連合軍に降伏。
底土壕の回天は終戦後、八丈島へ武装解除にやってきたアメリカ軍の指示により、破壊されることとなります。
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火薬の詰まった回天はむやみに破壊すると誘爆して島民に被害が出るため、回天隊員はアメリカ軍に自分たちで回天を破壊することを申し出たという。
この申し出は受理され、回天隊員は爆薬の詰まった回天の頭部を切り離して海中に投棄した上で、回天の胴体部を壕内で爆破しました。
壕内の天井には、この時爆破した回天の破片が今も突き刺さったままになっています。
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敗北続きで航空機も艦船もなくなった日本海軍が、天を回らし戦局を逆転させるために開発した人間魚雷「回天」。
脱出装置はなく出撃すれば必死の兵器でしたが、搭乗員の士気は高く、敗戦後回天を爆破するのは隊員にとって切腹するに等しいことだったという。
間違いなく自分の命を奪う兵器に乗ることを将来ある青年たちが熱望していたという、現代では想像もつかない時代の名残が、この底土回天二号壕に今も残っています。
(訪問月2017年7月)