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八丈島八丈町大賀郷にある公園、護神山公園を歩いてきました。
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護神山公園は八丈支庁や町役場の近くにある、鬱蒼とした木々に覆われる小高い丘に造成された公園です。
この護神山公園、八丈富士の側火山で頂上には小さいながら火口があります。
護神山公園入り口には大きな石鳥居が建っており、この丘には天照皇大神宮、牛頭天王、須賀杜、金毘羅神社が祀られているという。
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また石鳥居の右手には流人・丹宗庄右衛門の功績を讃えた「島酒之碑」という島酒醸造用の大甕が置かれていました。
かつて飢饉の島であった八丈島では、飢饉を招くとして穀類から酒を造ることができず、禁酒令が敷かれていました。
そこで薩摩出身の流人であった丹宗庄右衛門は、さつまいもから焼酎を作る故郷の焼酎製造法を伝えて島に酒をもたらし、酒に飢えていた島人から大変感謝されたそうです。
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入り口の石鳥居から護神山公園の頂上までは、玉石の階段を登っていきます。
この玉石の階段、なんとも厳かな雰囲気があって見た目はいいのですが、玉石は滑りやすいし勾配が急なこともあって非常に登りにくいです。
島のほぼ中央にある公園(神社?)にもかかわらず人の出入りが全くないのは、散歩するには優しくない造りだからですかね。
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階段をかなり上の方まで登ってくると、途中で道が十字に分かれていました。
正面にさらに上へと登っていく階段があり、また左右にも遊歩道が続いています。
とりあえず遊歩道を無視して、階段を最後まで登りきり山頂を目指します。
よいしょ……っと!
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玉石の階段の最上段には、なんか四角いコンクリートの構造物が置かれていました。
まるで山頂に上がることを阻止するかのような配置になっています。
いったいこれはなんでしょうか?
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コンクリート構造物を回り込んで避け山頂に出ると、左手に緑色に塗装された古いコンクリート建物がありました。
これは水道タンクらしいです。
八丈島ではこんなような水道タンクをあちこちで見かけます。
しかしあるのはこの水道タンクだけで、石鳥居から玉石の階段を登ってきたのに、本来その先にあるはずの社は見当たりませんでした。
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はて、社はどこだろう?
登ってきた玉石の階段を下り、階段途中の分岐点まで戻ります。
今度は右の遊歩道を行くことにしました。
遊歩道は亜熱帯植物がそこかしこに生え放題になっていて、公園と名付けられているにもかかわらずお世辞にも整備されているとは言い難い状態です。
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遊歩道の山側は玉石垣が積み上げられ、山崩れ防止の擁壁のようになっています。
玉石垣の上には石塔や祠が多数置かれていました。
おお、なにやら神社らしい雰囲気になってきました。
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左手に山の頂上へ向かうさっきとは別の玉石の階段があり、その上に四角い小さな社が建っていました。
複数の神様を祀る神社らしく、社の中には複数の神体が祀られています。
八丈島の神様についてはよく知りませんが、とりあえず手をあわせておきました。
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再び先ほどの階段途中の分岐点まで戻り、今度は左の遊歩道を進んでみます。
こちらの遊歩道には、水道管の残骸のようなものがあちこちに散乱していました。
頂上の水道タンクでかつて使われていたものでしょうか。
廃棄しないのか、これ。
もう使えないだろうに。
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遊歩道をさらに進んでいくと、右手に土の中に埋もれているコンクリートの構造物が見えてきます。
水道タンクが残骸含めて周囲にあるため、これが軍事遺跡と知らなければ普通にスルーしてしまう構造物ですが…
実はこれ、正面と左にふたつの銃眼を空けているトーチカなのです。
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ここ大賀郷の護神山には、大阪で編成された独立混成第十六連隊、通称酒井部隊の連隊司令部があったようです。
独立混成第十六連隊は兵力も2180名と八丈島の陸軍の中では最大兵力で、八丈島防衛の主力だった部隊でした。
護神山には司令部の他、同連隊の第二大隊第六中隊が駐屯しており、このトーチカはこの中隊が構築したものなのかもしれません。
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左手の銃眼から中を覗いてみます。
銃眼の口は意外と広く、軽機関銃なども展開できそうです。
内部は暗くてよく見えませんが、天井が崩落して土砂が流入しているようです。
ここからライフルや軽機関銃で山を登ってくる敵を迎撃するつもりだったのでしょうか。
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ここ護神山公園は、八丈中央道路の入り口にあり、まさに八丈島の中心というべき場所に位置しています。
護神山公園の西側、金土川には独立混成第十六連隊の第一大隊、大里には第二大隊、西見には第三大隊が配置されており、連隊司令部は各所が見渡せる護神山から各大隊の指揮を執る予定だったのでしょうか。
その連隊司令部を防衛する最後の砦だったと思われるトーチカが、今も護神山の中腹に残っています。
(訪問月2017年8月)