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八丈島八丈町大賀郷にある展示施設、大里ふるさと村を歩いてきました。
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現在地はかつて流人が玉石を運び積み上げた玉石垣が残る、大賀郷の大里地区です。
ここには八丈島の昔の民家を伝統工法で修復し、移築保存して一般公開した「ふるさと村」があります。
ふるさと村入り口は直線でなく鉤形になっていて、これはふるさと村の元になった家が少し格式の高い家であったことを示しているそうです。
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ふるさと村には母屋、牛小屋、高倉、閑所(トイレ)がまとまって展示されています。
こちらはそのうちの母屋で、エンノマ、外の間、内の間、ハリダシ、廻り廊下という構造になっています。
時間帯によってはこの母屋で島の人と話をしたりできるらしく、八丈島では人気の観光スポットです。
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母屋の内部も見学することができ、中には八丈太鼓が置かれていました。
八丈太鼓は太鼓を台座に乗せて水平にし、両側から二人で叩く太鼓です。
八丈太鼓は江戸時代からの伝統芸能で、一説には八丈島に流された流人が故郷に思いを馳せて叩いたのが八丈太鼓であったという。
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母屋に併設された閑所(左)と牛舎(右)。
牛舎はマヤ(馬屋)と呼ばれていますが、八丈島では馬を飼っていた記録はないので実際には牛小屋のことをこのように呼んでいたそうです。
マヤと閑所(トイレ)が隣接しているのは、牛小屋から掻き出す牛の餌、カヤと便所から汲み出す下肥とを混ぜ、たい肥にするのに便利だったからだという。
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八丈島の昔の便所である閑所の内部。
中にある板をまたいで用を足していたようです。
尻をふくチリ紙は紫陽花の葉が使われていたとのことで、採りたてのものより2~3日経ったもののほうが具合がよかったとか。
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さて、見所はこんなところかな…。
ふるさと村の各見学ポイントを見終えて、ふるさと村の駐車場に戻ってきました。
島の人にふるさと村に行くと言ったら「あそこにはなにもないよ」と言われて来ましたが、確かに見るべきものは少ないかもしれませんね。
そう思いながら、移動する準備をしていたとき、それは目に入ってきました。
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…ん、なんだこれは?
駐車場に面する山の岩肌に、防空壕のような穴がぽっかりと空いています。
興味を引かれて、藪を掻き分けて近づき中を確認してみます。
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穴蔵を覗き込んでみると、そこは降雪の少ない地域で作ったかまくらのような、奥行きのない小さな穴でした。
これはなんの穴だろう。風穴?
それとも臨時の防空壕でしょうか。
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他にもあるのだろうかと思って見回すと、その近くにもうひとつ似たような穴がありました。
藪によって入り口は隠され一見見えにくくなっているものの、よく見ると穴が空いていることがわかります。
立ちふさがる草木をどかし、踏みしめて壕口に接近します。
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こちらも、先ほどの穴と同じように奥行きのない小さな穴でした。
規模的に洞窟陣地ではないでしょうが、大戦中八丈島には洞窟陣地のみならず、多数の偽陣地が構築されたという。
ひょっとしてこの壕は、上陸してきた敵兵を欺くための偽陣地なのでしょうか。
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偽陣地があるからには、本陣地もあるだろうと思い、再度ふるさと村へ。
ふるさと村母屋の裏は、さっきの偽陣地?があった山の絶壁が続いています。
岩壁に、何か怪しい板のようなものが立てかけてありますが…
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…あった。
ありました、先ほどの穴と同じような大きさの穴が。
しかしなぜかこちらの穴には甕が置かれていました。
この穴は島焼酎の貯蔵庫にしていたのでしょうか。
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さらに奥へ進むと、ふるさと村の公衆トイレの裏側に出ました。
トイレ裏にコンクリートブロックを直線に敷いた道のようなものがあるので進んでみると、左手の茂みの中に少し大きめの洞窟があるのを発見。
覗き込んで見ると、この穴はこれまでのものと違い、奥行きがあるようでした。
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なにやら木材が斜めに置かれている、トイレ裏地下壕の入り口。
中は湿気が高く、靄が出ていてうまく写真が撮れませんが、手にした懐中電灯の明かりは奥まで届かずけっこう深いようです。
軍が造ったにしてはなんだか丸い洞窟ですが、これだけのものは家庭では作れないだろう。
この洞窟もふるさと村の展示…ということでいいんでしょうか。
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洞窟にはいってすぐ右手に、大量のビンが捨ててありました。
使われなくなった壕の入り口にゴミというのは、もはや定番ですね。
島焼酎の空き瓶でしょうか。
パラオペリリュー島の千人洞窟にも大量の空き瓶が捨ててありましたが…
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左手にはなぜか丸型の蛍光灯が落ちています。
これはいつの時代のものだろう。
少なくとも戦時中のものじゃなさそうですね。
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壕はまっすぐ奥まで続いているようです。
途中、右に曲がれる分岐がありましたが、とりあえず無視してまっすぐ進みます。
この壕の岩盤は堅かったのか、壁面がけっこう荒々しい造りになっています。
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途中落ちていたこれは…
何に使うものだろう。
敵が攻めてきたら壕内に潜むことを決めていた軍人たちが持ち込んだ生活用具でしょうか。
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途中から壕が緩やかな登り坂になっていき、地肌が赤くなりました。
地質が変わったようです。赤土?
このあたりから壕が妙に狭くなってきました。
足下も土が多分に水分を含んでいて滑りやすく、足に力を入れて登ります。
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赤土の坑道は先で閉塞していました。
閉塞部は湿気が高く白い水蒸気が渦巻いていて、うまく写真が撮れません。
これは掘りかけの坑道でしょうか。
ひょっとしたらこの先に別の地下壕があって、そこと繋げようとしたのかもしれません。
詳細はわかりません。
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赤土の坑道の下り坂を戻って、先ほどの右手に穴が空いていたところまで引き返してきました。
おそらく取り除けなかったのだろう大きな石をまたいで、横の壕に入ります。
さっきの赤の坑道に比べ、こっちは壕の幅が広い造りになっています。
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緩やかなカーブになっている坑道を歩いていくと、途中に資材などを置けそうな窪みがありました。
はて、これは倉庫でしょうか。
ここが何に使われていたのはわかりませんが、パラオの千人洞窟にあった、傷病兵を寝かしていたという窪みを思い出します。
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右に大きくカーブしていく坑道を進んでいくと、やがて先に出口が見えてきました。
途中で閉塞していた赤の坑道部分を除くと、この地下壕はUの字のような形をしている壕です。
一方の出口が破壊されても、もう一方の出口から出れるようにしていたものと思われます。
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もう一方の出口は亜熱帯の草木に埋まっていたので、こちらを抜けるのはやめて戻りました。
それにしても、八丈島屈指の観光スポットであるふるさと村裏に、こんな地下壕があるとは…
なにもないと島の人に言われてやってきたふるさと村ですが、思わぬものがありました。
太平洋戦争末期、八丈島のあちこちに掘られた地下壕もまた、八丈島のふるさとの光景のひとつと言えなくもないのかもしれませんね。
(訪問月2017年7月)