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品川区東八潮にある展示施設、船の科学館を歩いてきました。
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現在地はゆりかもめ船の科学館駅を降りてすぐ目の前にある船の科学館です。
船の科学館は海と船の文化をテーマにした海洋博物館です。
ですが船の科学館本館は現在、リニューアル準備のため展示公開を休止しています。
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しかし休止中の本館周辺には、船の科学館別館展示場や初代南極観測船「宗谷」を中心とした屋外展示資料があります。
この屋外展示資料の中には少し前まで、40センチ砲搭載艦で日本海軍の象徴ともいえる長門型戦艦の2番艦「陸奥」の主砲がありました。
昭和18(1943)年6月、広島湾沖柱島泊地で謎の爆沈をした陸奥の主砲でしたが、平成28年9月ここ船の科学館から、陸奥が建造された横須賀市のヴェルニー公園へ移設されその台座だけが残っていました。
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こちらは休館中の本館に代わり、展示場となっている船の科学館別館。
別館展示は「海をまもる」、「海をわたる」、「海をひらく」、「船がはこぶ」、「にっぽんの海」などをテーマに、七つのブースに分かれています。
調査船や巡視船、イージス艦などの船舶模型や、日本の排他的経済水域のジオラマなどが展示されていました。
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ブースの中に「日本海軍の艦船」という、他のブースに比べて随分的を絞ったブースがありました。
なんか名称的に、このブースだけ周りからちょっと浮いてませんかね?
展示パネルは、太平洋戦争中に特務艦として活躍した「宗谷」についての説明パネルです。
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パネル下のショーケースの中には、700分の1サイズの日本海軍の艦船の模型が陳列されています。
弩級戦艦大和や正規空母加賀、戦艦伊勢や日向といった連合艦隊の有名な艦船が多数展示されています。
真ん中の白い台座の上に載っているのが展示パネルにあった特務艦宗谷です。
宗谷の三つ左隣は弩級戦艦大和ですが、二隻を比べると宗谷は小さいですね。
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船の科学館横の船着場には、初代南極観測船「宗谷」が科学館付属の艦船として係留されていて、無料で船舶内を見学できます。
この初代南極観測船「宗谷」は、別館展示場で解説のあった特務艦「宗谷」を改装した艦船です。
特務艦「宗谷」は昭和13(1938)年に耐氷型貨物船として竣工し、太平洋戦争中は主に南方作戦に従事して輸送や測量等の任務に当たりました。
特務艦「宗谷」は戦争中、幾度となく空襲や潜水艦の雷撃を受けていますが、くらった魚雷が不発弾だったりと幸運にも助けられて激戦の太平洋戦争を生き残っています。
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我が家の子供たちと一緒に、天井の低い「宗谷」船舶内を順路に従って歩いていきます。
太平洋戦争中期の昭和18(1943)年1月28日にはブカ島クイーンカロライン泊地で測量中に潜水艦から雷撃されますが、これに爆雷で反撃して敵潜水艦を撃沈するなど、戦果を挙げながらも昭和20(1945)年8月15日、室蘭港で防空訓練中に敗戦をむかえた宗谷。
軍艦としての任務を終えた宗谷はその後休む間もなく、外地に残された在外邦人の引き揚げ船として復員任務に従事していきます。
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敗戦国の国民として、身ぐるみを剥がされて外地から追い出された日本人を日本本土まで復員する宗谷。
この時代、復員船では人生に絶望して自殺する日本人も多かったようですが、宗谷艦内では復員時に女児が誕生するなど、明るい出来事があったという。
昭和23(1948)年11月6日、故国に合計で約19,000名を輸送した宗谷は、復員船としての任務を終えました。
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その後宗谷は海上保安庁に所属し、全国の灯台に燃料や物資を補給する灯台補給船や、南極観測船として活躍しました。
昭和31(1956)年11月からは、日本初の南極観測船として昭和37(1962)年4月まで六次にわたる南極観測に出航。
宗谷の現在の船室には、当時の防寒のための装備を身につけたマネキンが立っています。
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宗谷艦内には第一次南極観測隊に同行し、南極大陸で犬ぞり曳きに活躍した樺太犬、タロとジロも乗船していました。
昭和33(1958)年2月、南極大陸で犬ぞり曳きに使われていた15頭の樺太犬は例年まれにみる悪天候のため、南極の昭和基地付近に首輪で繋がれたまま一年間置き去りにされてしまう。
この時置き去りにされた15頭の樺太犬は、残念なことにタロとジロ以外は全滅してしまい、その悲しい物語は『南極物語』として映画にもなっています。
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南極観測を終えた宗谷は昭和38(1963)年3月26日、再び海上保安庁任務に復帰し、巡視船として北洋警備に従事。
昭和45(1970)年3月17日には択捉島単冠湾で発生した集団遭難の救助活動を行っています。
昭和53(1978)年10月2日、退役。
海難救助出動300件以上、救助船125隻、救助人数1000人以上の活躍し、「北の守り神」と呼ばれました。
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艦内見学の一番最後に、艦船の頭脳であるブリッジにも入れます。
ここでは娘が大喜びで舵を回していました。
ほとんどの艦船が沈没した激動の太平洋戦争を生き残り、大日本帝国の滅亡後今や現存する唯一の帝国海軍艦船となった特務艦「宗谷」。
戦後も復員船、南極観測、北洋警備といった厳しい任務を完遂した「宗谷」は、不可能を可能にした強運と奇跡の船として、現在は船の科学館前に係留保存され、訪れる人々へ船に宿った勇気と情熱を伝えています。
(訪問月2017年12月)