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文京区本駒込にかつてあった精神病院、東京府癲狂院跡地を歩いてきました。
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現在地は都営三田線千石駅から東へ徒歩五分の位置にある文京グリーンコートです。
文京グリーンコートは平成9年10月に竣工した高層オフィスビル、高層住宅、商業施設からなる複合施設です。
我が家ではたまに、この文京グリーンコートへランチにやってきます。
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本日はグリーンコート内のトラットリア・イタリア文京店で、子供たちにピザやケーキを食べさせました。
娘は女の子らしくケーキに目が無く、ケーキがテーブルに出されると一心不乱に食べまくっていました。
逆に息子は、こんな甘いもんはいらねという態度で、早くも嗜好に性別の違いがくっきりと出ています。
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そんな文京グリーンコートの建つブロックはかつて、大正6(1917)年に設立された理化学研究所の建物で占められていました。
文京グリーンコートセンターオフィス前の緑地には、それを知らせる「理化学研究所ここにありき」の案内板が建っています。
理化学研究所時代、日本中の著名な研究者たちがここに参集し、また多くの優れた研究者を輩出したという。
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さらにそこから歴史を遡ると、理化学研究所ができる以前の当地には、明治19(1886)年から大正8(1919)年までの間、精神病者の治療を目的とする病院『東京府癲狂院(明治22年に巣鴨病院に改称)』がありました。
『癲』はてんかんにほぼ相当し、『狂』は行動異常や妄想を主症状とする精神病をさし、癲狂院は明治時代前半における精神科病院の呼称です。
しかし当時の日本の精神医療は遅れていたと言われ、癲狂院では拘束具や狂躁室などで患者を拘束する現代とは違った治療方法が行われていたようです。
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文京グリーンコートから不忍通りを千石駅方向に歩いていくと、東京都立小石川中等教育学校があります。
小石川中等教育学校は、大正7(1918)年に東京府立第五中学校として創立された公立中高一貫高です。
この公立中高一貫高が建つ敷地も、かつては東京府癲狂院の用地でした。
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不忍通りから千石一丁目交差点を左折し、国道17号に入ります。
するとすぐ左手に、洋服の青山文京千石駅前店があります。
この店舗に入ります。
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洋服の青山文京千石駅前店の一階駐車場です。
奥には、小石川中等教育学校の敷地境界を示す赤レンガの塀があります。
このレンガ塀は、東京府癲狂院がこの地にあった当時造られたものです。
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レンガ塀はイギリス積み工法で構築されているものです。
東京府巣鴨病院と改称された東京府癲狂院では、開放的な医療を行うために隣地の購入による敷地拡大や病棟新築を明治34(1901)年から明治36(1903)年にかけて実施。
明治37(1904)年病院の周囲にレンガ塀を設置したとあり、このレンガ塀がその時造られたレンガ塀の一部と見られています。
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大正8(1919)年、精神医療改革を進めるに従い手狭になった当地から、東京府巣鴨病院は世田谷区の上北沢へ移転しました。
移転後は東京府立松沢病院となり、現在にいたるまで日本の精神科医療の発展に大きな役割を果たした草分け的存在になっています。
そのためか昔は、少し突飛な発言をする人がいるその人を指して「松沢行き」などと称していたと言われています。
(訪問月2018年4月)