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神奈川県小田原市城内にある城跡、小田原城址公園を子供たちと歩いてきました。
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戦国大名・小田原北条氏の居城として知られる小田原城。
小田原城は北条氏による関東支配の中心拠点となっていた城で、小田原城址公園はその跡地に作られた公園です。
小田原城は明治3(1870)年に廃城となった時ほとんどの建物が解体されてしまい、現在公園内に建つ天守閣、銅門、常盤木門、馬出門といった建造物はすべて復元のものです。
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こちらは昭和30(1960)年に復元された小田原城の天守閣。
この天守閣は江戸時代に作られた天守閣を復元したもので小田原北条氏のものではなく、さらに天守閣の本来の姿を忠実に再現しているものではないそうです。
あくまでも観光用の天守閣というわけですね。
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天守閣前の本丸広場では、猿が飼育されています。
他に何か動物がいるわけでもなく、唯一猿の檻だけがあります。
これはかつて小田原城本丸広場にあった小田原動物園の名残で、小田原市では動物園を撤去するため各動物をあちこちの動物園に移転させましたが、縄張り意識の強い猿だけは引き取り手が見つからず、動物園の撤去から10年以上このままになっているそうです。
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小田原城址公園の見所のひとつである小田原城歴史見聞館は、訪問時は工事中で閉館していました。
歴史見聞館では小田原城や小田原北条氏に関する歴史、近世に宿場町として栄えた小田原の町に関する資料が展示されているという。
北条氏の戦国大名としての地位を固めさせた河越夜戦の資料などを見てみたかったのですが、残念です。
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そんな小田原城址公園の隅っこには、本日の訪問の主目的地であるこども遊園地があります。
遊園地…というかまあ、公園の高台に子ども用の自動遊器具やバッテリーカーがいっぱいあるところなわけですが。
ちなみにこれら電動ライドは一回30円と、昭和の値段そのままでコストパフォーマンスは良好です。
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このこども遊園地には、遊園地の敷地を周回する豆汽車があります。
豆汽車はミニ機関車が三台の客車を牽引するスタイルで、この豆汽車に子供たちを乗せるために小田原城址公園へ来たようなものです。
ちなみにこのミニ機関車は、太平洋戦争中の昭和18(1943)年から終戦までに量産された貨物用蒸気機関車、国鉄D52形蒸気機関車を模したものだという。
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D52形蒸気機関車は戦時中に船の徴用や通商破壊などによって不足した海上輸送力を補うために、デゴイチで知られる国鉄D51形蒸気機関車を改良して輸送力を高めた蒸気機関車です。
日本の蒸気機関車としては最高の1660馬力を実現していますが、戦時中は鉄や銅など必要資材が充分に使えず、代わりに木材が使われるなど粗雑な作りのものが多くてその本来の性能が発揮できなかったという。
要するにD52形蒸気機関車は、戦争が終わるまで持てばよいという設計思想のもとに造られた戦時型の蒸気機関車だったのです。
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そんなD52形蒸気機関車を模した豆汽車に乗ります。
乗車料金は2歳以上一律80円で、我が家はうまく機関車のすぐ後ろの客車に陣取ることができました。
豆汽車はそれなりのスピードで、踏切の警報機や樹木の梢が客車の窓からかなり近いところを通っていきます。
座席にクッション性などは当然ながらなく、振動がダイレクトに尻に響いてきます。
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豆汽車のコースの途中には、たくさんの木彫りの動物が現れてきたりします。
これは桜の名所として知られる小田原城址公園にて、台風などで桜が倒れてしまった際に、倒れた木を使って職員が作ったものだという。
運転手さんによると、公園内に昔は600本くらい桜の木があったそうなのですが、台風などの理由により今では半減してしまったそうです。
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悪化していく戦況に伴い大量生産されたD52形蒸気機関車ですが、資源不足により粗悪なものもたくさん製造されたという。
そのツケとして、ボイラーが破裂し乗務員が死傷する事故を複数回起こしており、乗務員からは「爆弾の上に乗務しているような機関車」と言われ恐れられたそうです。
終戦後に残ったD52形蒸気機関車は、粗悪なものは廃車となったものの比較的状態の良かったものは更新工事が行われ、小田原市内を走る御殿場線などで活躍しています。
(訪問月2018年8月)