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北区滝野川二丁目にある赤レンガの酒造工場、旧醸造試験所第一工場跡を見学してきました。
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北区滝野川にある赤レンガ酒造工場は、旧大蔵省醸造試験所の酒類製造実験工場として明治37(1904)年に建造された酒造工場です。
旧大蔵省醸造試験所は酒造方法を改良発展させるため、明治37(1904)年に創立された日本唯一の醸造に関する国立研究機関です。
この赤レンガ酒造工場は旧大蔵省醸造試験所の第一工場として、醸造試験の中核的役割を担っていたと言われています。
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通常この赤レンガ酒造工場は閉鎖されていて中に入ることができず、醸造試験場跡地公園から外観を眺めるのみですが、桜の季節等、特定の時期のみ工場内部が一般公開されています。
訪問したときは東京文化財ウィーク中であり、この週間中も一定期間に限りですが一般公開されていました。
見学はガイドツアーがありますが、ガイドなしで自由に中を見学することも可能です。
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自由見学は、レンガ造りとなっている工場内の通路や階段を順路に従って歩いていく形式で、連れて行った娘と息子と一緒に歩いてきました。
赤レンガ酒造工場のレンガ壁体は小口のみと長手のみを一段おきに積み重ねるイギリス積み工法で構築されています(ただし外壁の化粧レンガは小口のみのドイツ積み)。
通路の天井もレンガで組まれており、頭上ではトンネルのごとく美しいアーチが描かれています。
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こちらは通路の左手にあった、麹を製造していた白色レンガ壁の旧麹室です。
壁から天井まで白いタイルが貼ってあるようにみえますが、これは表面のみ白色で施釉されたレンガです。
旧麹室では、こうした施釉レンガで室内の湿度を調節しようとしたものの、実際にはこれで水分の調節をすることはできず、麹室としては不向きだったようです。
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昭和に入り調湿効果の高い木製麹室が工場内の別のところに造られると、この旧麹室は冷蔵庫として使われるようになりました。
壁の白色レンガの上に貼られている銀紙は、断熱のためのものだそうです。
これら断熱材は、いずれきれいに取り去られる予定であると説明板に書かれていました。
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旧麹室から順路に沿って通路を進んでいくと、通路の天井が一部を除いてアーチ状でなくなり、平坦になります。
この天井は二階の床と一体化している耐火床だそうで、両側の壁の上にI型鋼の小梁を架け渡し、さらに要所要所にレンガアーチを置くことによって上からの荷重を支えているという。
この耐火床兼天井には鉄筋が入っておらず、重力は要所に置かれたアーチの形によって分散させられているそうです。
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耐火床の通路の先は階段部になっています。
赤レンガ酒造工場の見学範囲は一、二、三階と地下一階の四層です。
階段はかなり狭く、大人がすれ違うのは難しいほどでした。
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階段の途中にある、明かり採りの丸窓。
この丸窓は、赤レンガ酒造工場に隣接している醸造試験所跡地公園から見えるものでしょうか。
赤レンガで丸窓といえば、同じく北区の東京第一陸軍造兵廠の兵器工場にもありましたね。
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二階には第一発酵室、第二発酵室、第三発酵室の3つの発酵室が並んでいます。
こちらはサーマルタンク(定温貯蔵タンク)が並べられた第一発酵室。
日本酒はタンクの中に水、蒸米、麹米、酒母(酵母)を入れて作ります。
日本酒醸造には温度管理が特に重要と言われています。
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こちらは「角型ろ過機」や「自動もろみ圧搾装置」といった機器の置かれていた第三発酵室。
子どもたちは楽しそうに角型ろ過機のバルブハンドルをぐるぐると回しまくっていました。
この第三発酵室は、第二発酵室で出来上がったもろみを搾り、清酒と酒粕に分ける「上槽」の作業を行うところだったようです。
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三階への階段は、下とは違ってなぜか木製でした。
階段の幅はより狭くなっています。
螺旋階段のような構造になっていました。
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三階は赤レンガ酒造工場の倉庫室だったところです。
この部屋の上部のレンガ壁は、太平洋戦争の空襲によって一部が破壊されてしまったそうです。
破壊された部分は戦後になって改修されましたが、急いで修復されたためレンガの積み方が雑になっています。
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こちらは三階倉庫室よりさらに梯子を登った先にあった、屋根裏部屋。
光源がないためうまく写真が撮れませんでした。
なお、赤レンガ酒造工場の屋根はもともと瓦屋根でしたが、こちらも空襲で破壊されてしまい、その後はトタン屋根に変わって現在に至るそうです。
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今度は地下一階に降りてみます。
地下一階といっても、実際は半地下とのこと。
階段部の一番上にある丸窓がなんだかかっこいいですね。
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夏は涼しく冬は暖かいという半地下は、工場で醸造されたお酒の貯蔵室として使われていたそうです。
地下には貯蔵室が三つありましたが、こちらは一番奥にあった貯蔵室。
まるで巨大な防空壕か、弾薬庫みたいなところですね。
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貯蔵室右手には「日本酒百年貯蔵プロジェクト」の棚がありました。
この棚に収められた日本酒は2005年に貯蔵が開始され、以来10年ごとに官能審査及び分析が実施されているという。
前回は2015年に分析が行われており、次回は2025年ということになります。
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旧醸造試験所が大蔵省の所管であったのは、明治35(1902)年に酒造税がすべての国税収入の42%を占めていたなど、酒造が国の税収を大きく左右していたからだという。
旧大蔵省醸造試験所が創立された年の明治37(1904)年に起こった日露戦争の戦費調達のために、大日本帝国が発行した国債は当時の帝国の国家予算を上回り、このころの帝国は財政難にあえいでいました。
言わば帝国の酒税の安定確保のため、そして戦費を賄うために造られた赤レンガ酒造工場「旧醸造試験所第一工場」ですが、関東大震災や太平洋戦争の空襲をくぐり抜けて日本酒造りの近代化を進め、今は文化財として日本の酒類産業の発展の歴史を伝えています。
(訪問月2018年11月)