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荒川区西日暮里に所在する在日朝鮮人市場、三河島朝鮮マーケットを歩いてきました。
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JR常磐線三河島駅の駅前は韓国料理店や韓国食材店が点在し、ハングルもあちこちに見られます。
三河島は第二次世界大戦前後に日本へやってきたオールドカマー系の在日韓国・朝鮮人が多く住んでおり、新大久保ほどではありませんが東京のコリアタウンとして知られています。
三河島の北側に位置する町屋にはかつて屠殺場があったため、町屋に近い三河島は精肉工場等の工場街へと発展し、そこへ朝鮮人が出稼ぎへ来たことが三河島コリアタウンの始まりと言われています。
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こちらは三河島の駅前で見つけた「済州」の名を冠する焼肉屋。三河島に住む在日コリアンの多くは韓国最南端の島、済州島の出身です。
韓国・済州島では大日本帝国滅亡後の昭和23(1948)年4月3日、済州島四・三事件という韓国軍・韓国警察による済州島民の虐殺事件が起きています。
島民の六人に一人が殺害されたというこの事件によって、多くの島民が日本へ避難し、大阪の鶴橋やここ三河島にコミュニティを作ったといわれ、その縁でか三河島のある荒川区と大韓民国・済州市は姉妹都市になっています。
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そんなオールドカマー系コリアタウン、三河島のJR常磐線三河島駅から尾竹橋通りを北へ約200メートル、徒歩3分ほど歩いたところに「三河島朝鮮マーケット」という在日朝鮮人市場があります。
通り沿いに「金華園」という焼肉料理店があり、その横に小さな屋根付きの路地のようなミニアーケードがありますが、これが三河島朝鮮マーケットです。
うっかりすると見逃して通り過ぎてしまいそうな外観の小さな市場ですが、アド街で紹介されるなどこの界隈ではよく知られているのか客足はちょこちょこ入っていました。
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狭い屋根付きの路地の左手に「仁川商店」などキムチをはじめとする韓国食材店が並ぶ三河島朝鮮マーケット。
三河島朝鮮マーケットは済州島四・三事件中の昭和25(1950)年、済州島生まれの在日韓国人が始めた一軒の乾物屋がその始まりと言われ、その後韓国食品店や民族衣装店、美容院などが一軒一軒と入ってきて、今のような複数の店がある朝鮮市場が形成されたそうです。
もっとも各店で販売されているものは変化しているそうで、尾竹橋通りに面した金華園とその横にある韓国食品店は、当初は魚を扱う店であったという。
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三河島朝鮮マーケットの突き当りには、丸萬商店という市場最古参の韓国食品店があります。
このお店が前述の、乾物屋として昭和25(1950)年に創業したお店で、現在では食肉や韓国食材を中心とした韓国食品店となっています。
新大久保コリアタウンの影響か、いまやコリアタウンというと韓流ショップというイメージがついてしまっていますが、こういう韓国食品店がコリアタウン元来の姿といっていいでしょう。
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キムチやケジャン、カクテキやチャンジャ、青唐辛子の醤油漬けといった朝鮮半島の辛い漬け物が並ぶ丸萬商店の冷蔵庫。
このお店の漬物は上野若松河田の韓国食品店で買ったものより、全体的に辛めだった気がします。
特に辛い朝鮮漬けが好きな方にはおすすめです。
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ここでマーケットは終わりかと思いきや、丸萬商店の右脇にはさらに奥へ行ける小さな通路があり、よく見ると左側にも暗い通路があります。
例えると丸萬商店は防空壕で見かける爆風除けのような場所にあり、その両サイドに深部へとつながる坑道がある形になっています。
この一風変わった坑道の先には何があるんでしょうか。
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左側の通路は、通路に面してドアや窓が並ぶ集合住宅の内廊下のような通路でした。
通路の電灯はついておらず、昼間でも薄暗くじめじめとした雰囲気です。
昔はここにも朝鮮市場の食料品店があったようですが、今はお店らしいものはなくドアには韓国人と思われる名前の表札がついています。
地図を見るとこの建物は留学生用の日本語学校として知られる赤門会の三河島寮となっていて、時折若い人が出てきます。
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薄暗い通路を直進すると、その先は外の一方通行の狭い路地へとつながっていました。
どうやらあの通路は、三河島朝鮮マーケットの表通り(尾竹橋通り)と裏通りをつなぐ通路としての役割も果たしているようです。
外に出ると、近くから「スコン、スコン」という小気味のいい音が断続的に耳に響いてきました。
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何の音だろうと音が聞こえてくる左手の方を見に行くと、それは三河島朝鮮マーケットと北隣の建物の間を走る通路の先で、エプロン姿のアジュンマが包丁で白菜を切り落としている音でした。
先ほど見た丸萬商店右側の通路は朝鮮マーケットの作業場となっていたようで、青空の下で作業をする様が市場っぽい。
私は韓国には行ったことがありませんが、本場・韓国済州島の市場もこんな感じの雰囲気なんでしょうかね。
(訪問月2019年3月)