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足立区舎人の都立総合公園、舎人公園を歩いてきました。
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子供たちとともに、日暮里・舎人ライナーに乗って足立区の舎人公園にやってきました。
日暮里・舎人ライナーは自動運転で運転士がおらず、代わりに先頭車両には前面がよく見渡せる特等席が設けられています。
特等席から見れる舎人ライナーの専用軌道はまるでスカイサイクルのコースのようで、子供たちはとても喜んでいました。
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舎人公園は足立区の舎人、舎人公園、西伊興、古千谷、皿沼などに広がる広大な都立の総合公園です。
東京23区内にも関わらず広大な土地を有するのは、太平洋戦争の開戦前に防空緑地として用地が確保されたです。
舎人公園の用地は昭和16(1941)年、戦時における都市空襲の戦災被害を軽減するために買収され、戦局が悪化すると食糧増産のため耕作地として利用されたという。
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広大な舎人公園を目にして、盛大に駆けだしていく我が家の子供たち。
現在、舎人公園は大規模救出救助活動拠点に指定されており、災害時にはヘリコプターの離発着場所や自衛隊や消防・警察等のベースキャンプとして使用されるという。
災害大国日本では重要な公園ですね。
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舎人公園駅から近いところにある舎人公園サービスセンターに入ってみました。
サービスセンター内にはドングリクラフトの作品や舎人公園の木の実などが展示されています。
様々なドングリクラフトに、都会っ子で緑に接することが少ない我が家の子供たちは興味津々です。
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この手の施設には必ずといってもいいほど展示されている蜂の巣。
これを見つけたら近づくなという意味合いで展示しているんでしょうか。
しかしスズメバチの巣だけでなく、ハスの花托のようなアシナガバチの巣も展示されているのは珍しいですね。
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「トラックがたくさんいるよ!」
舎人公園サービスセンターの西側は、足立トラックターミナルとなっています。
昭和20(1945)年5月25~26日、ここ足立トラックターミナルのあるあたりに、東京市街地を無差別爆撃したアメリカ陸軍戦略爆撃機B-29スーパーフォートレスの一機が墜落したそうです。
この時B-29は南方から火を吹きながら飛来し、高度500メートルほどで爆発して墜落、その破片は広範囲に飛び散り、エンジンは2日間燃え続けたという。
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戦後、この墜落したB-29のプロペラ一枚が土地の所有者によって掘り出され、現在は足立区郷土博物館に保管されているという。
また舎人公園から北西約700メートル、足立区入谷5丁目7番のところにある畑の角には、B-29のランディングギアのタイヤが残っています。
ネットと茂みのために一見してわかりにくくなっていますが、ネットの向こうにはタイヤが半分くらい埋まっており、畑への車両突入防止のような役割を果たしています。
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何千メートルも上空から焼夷弾を投下してくるB-29も相当な脅威ですが、たとえ撃墜したとしても、500メートルもの高さからこんなタイヤが降ってきたらこれはこれで怖いですね。
当時の人々にとって空襲はどれほど恐ろしいものであったか、想像もつきません。
今、舎人公園で遊んでいる子供たちのような無抵抗の人間に爆弾が降りかかる、そんなことが二度と起こらないよう、戦争のない世界を作っていかねばならないと思います。
(訪問月2019年2月)