DSCF3732
千葉県香取市佐原にある観光名所、佐原の重要伝統的建造物(重伝建)群保存地区を歩いてきました。
DSCF3680
一時間に一本くらいしかないJR成田線に乗って、佐原駅にやってきました。
佐原は利根川水運の中継地として栄えた場所で、現在も小野川沿いを中心に江戸情緒あふれる古い町並みが残り、「北総の小江戸」と呼ばれています。
商家町の歴史的景観を残す美しい町並みは平成8(1996)年、関東地方で初めて重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
DSCF3683
佐原駅から重要伝統的建造物保存地区のある小野川流域までは、徒歩7、8分かかります。
しかし重伝建保存地区以外の佐原の町は寂れた地方都市といった感じで、小野川に向かうまでにちらほらと廃墟らしき建物が見えました。
この通りの右手に建つ歴史のありそうな「斎藤外科病院」とやらもすでに閉業しているようです。
DSCF3682
その斎藤外科病院の前に、イギリス積み工法で構築されたレンガ塀が残っています。
東日本大震災の影響か途中で壊れてしまっていますが、レンガ塀はかなり古そうな色をしています。
都内にあれば「おおっ!」と思う古めかしいレンガ塀ですが、小江戸・佐原ではもっと古いものがたくさんあるため、あまり歴史的価値を感じないのが残念です。
CIMG0299
昔ながらの伝統的建造物が建ち並ぶ小野川沿いに到着しました。
佐原に伝統的な建造物がたくさん残っている要因の一つとして、太平洋戦争における空襲被害が少なかったことが挙げられます。
しかしまったくなかったわけでもなく、もうすぐ終戦という昭和20(1945)年7月4日にはアメリカ軍による空襲「佐原空襲」で機銃掃射を受けていたりします。
CIMG0285
こちらは明治5(1872)年ころに建てられたという東海酒造の店舗です。
かつての佐原は醤油や酒の醸造業が盛んで、交通が発達して関西の酒が江戸に入るまで「関東灘」と呼ばれるほどだったという。
この東海酒造も、明治24(1891)年から昭和46(1971)年まで醸造業を営み、店舗の奥にはかつて酒蔵があったそうです。
CIMG0284
今でも東海酒造の建物には人がお住まいのようで、たまたまこの建物から出てきたおじさんに声をかけられました。
東海酒造について教えてもらえるのかと思いきや、おじさんが語ったのは「花がすぐ枯れるかと思ったけど一か月くらい咲いている」ということでした。
門の下にピンクの花が見えますが、これのことらしいです。どう返そうか一瞬迷いました。
DSCF3688
佐原の町並みを見学しながら小野川沿いを南下し、中橋までやってきました。
小野川の向こうに見える橋は共栄橋で、共栄橋の西側のたもとにはネットで覆われた緑色の異様な三階建てのビルが建っています。
伝統的な歴史的建造物が建ち並ぶ風情ある景観の中で、かなり目立っていますね。
DSCF3690
この建物は「カメラの三越」というカメラ専門店の廃墟でした。
いつから廃墟となっているのかわかりませんが、立地はよく所有者も再生する気があるようで、「観光客が急増する中で、本建物を再生するためのご意見・ご提案をお聞かせ願いたく下記住所までご通知頂きますよう伏してお願い申し上げます」との貼り紙が貼ってあります。
所有者の住所名前が書かれていますが、埼玉県川口市安行慈林の方でした。ずいぶん遠いですね。
よく見ると味のある素敵な建物なので、ぜひこのまま再生していただきたい。
CIMG0294
「カメラの三越」から小野川を挟んだ対岸には「佐原眼科」と書かれた看板が見えました。
何でもいいですが、なぜこんなおどろおどろしいフォントにしたんですかね。
伊藤潤二の漫画に出てきそうな感じです。
CIMG0297
こちらは数ある佐原の伝統的建造物の中でも、最も古いと思われる天保3(1832)年建築の正上。
寛政12(1800)年に油屋を創業し、天保3(1832)年から醤油製造、戦後は佃煮製造販売が主になったという商家です。
正上の前の小野川の川岸にはかつて荷揚げ場であった「だし」があり、高瀬舟が係留されていました。
CIMG0304
佐原の偉人・伊能忠敬の名を冠する忠敬橋までやってきました。
小野川と香取街道が交差する地点に架かる橋で、香取街道を走る車の交通量が多い橋です。
昔は歩道橋があったそうですが、町の景観にそぐわないことから撤去され、押しボタン式の信号と横断歩道が設置されています。
DSCF3698
小野川沿いだけでなく、この香取街道沿いにも重要伝統的建造物が建ち並んでいます。
忠敬橋の西側には中村屋商店をはじめ、正文堂、小堀屋本店、福新呉服店と千葉県有形文化財の歴史的建造物が並んでいます。
しかしながらこの香取街道、交通量に対して路側帯が狭すぎるのがちょっと危ない気がしました。
DSCF3701
忠敬橋の東側には大正3(1914)年建築の三菱銀行佐原支店本館「佐原三菱館」が建っています。
イギリス積み工法でレンガを積み上げて美しい洋館です。
屋根の巨大なドームが特徴的で、佐原の町並みの中ではシンボル的な存在となっています。
DSCF3705
佐原三菱館の隣には佐原町並み交流館があり、ここで観光情報を得ることができます。
交流館は見どころが多く、特に佐原の古い町並みのドールハウスが素晴らしい。
フランスのパリで行われたジャパンエキスポにも出品されたドールハウスがあり、外国人はこういうのを見て小江戸・佐原を訪れるのかもしれませんね。
DSCF3691
日本人の郷愁を誘うような佐原の伝統的な町並みをひととおり見て回った後、ちょうど昼食時になったので先ほどの「カメラの三越」の廃墟前まで戻ってきました。
カメラの三越の隣の隣には、「木の下旅館」という明治34(1901)年建築の旅館が建っています。
木の下旅館は創業も明治34(1901)年ですが、それ以前から舟運の舟人や行商人を泊める船宿を営んでいたという。
DSCF3732
木の下旅館は近年まで佐原に残った唯一の伝統的建造物の旅館だったそうですが、今は旅館業をやめてしまったそうです。
しかし旅館を転業する形でトンカツ屋「お食事処木の下」を始めたようで、店先にカキフライののぼり旗が立っていました。
店構えは一階格子窓下の、大正期のものだというタイル張りがとてもかっこいい印象でした。
DSCF3730
この木の下旅館には、「日本ボロ宿紀行」という旅ブログで見てから行ってみたいと思っていました。
できれば旅館として泊まりたかったのですが、こうしてランチで入れただけでも良かったです。
店内は広くないですがお客さんは多く、外に何人か席が空くのを待っている人がいる状態でした。
DSC_1331
外ののぼり旗にあった広島産のカキフライランチ1500円を注文しました。
ドラマ「日本ボロ宿紀行」の、この木の下旅館の回を先に見ていればトンカツにしたんですが…訪問したのは放映の少し前でした。
トンカツを食べながら泣く、あの桜庭龍二のPVは笑えました。
しかしこのカキフライも、いくらでも食べられそうなくらいとても美味しかったです。おすすめです。
(訪問月2019年2月)