元箱根の東海道、精進池付近にある元箱根石仏石塔群歴史公園を歩いてきました。
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元箱根石仏・石塔群歴史公園には、元箱根港のバス停から東海道を小涌園方向へ向かう箱根登山バスに乗っていきます。
元箱根港のバス停から所要11分のところにある六道地蔵バス停で下車。
バスを降りると、目の前には霧のかかった精進池と元箱根石仏石塔保存整備記念館が見えます。
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元箱根石仏・石塔群保存整備記念館。
石仏群の歴史や保存整備についてのパネルが展示されています。
入館料は無料ですが、午後5時くらいには閉まってしまいます。
私たちが行ったときには午後五時ぎりぎりぐらいの時間でしたが、管理人らしき人はいませんでした(というか客も誰もいなかった)。
誰がこの記念館閉めるんでしょうかね。
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保存整備記念館のパネル。
かつて、箱根は地獄だったという。
東海道を通る人にとって、天険の要害であった箱根山を通ることはまさに生死にかかわることであったのでしょう。
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保存整備記念館前にある精進池。
なぜか立ち入り禁止です。
霧でうっすらと覆われ、風でおこる漣がなんとなく陰鬱な池。
なんだか日本昔話の怖い話に出てくるような雰囲気の池です。
賑やかな江戸から東海道を歩いてきた旅人が、こんな辺境の場所でこんな気味の悪い池を見たら、ここが地獄と思ってしまうのも無理はない。
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精進池横の遊歩道を歩いていくと、最初に見つかる史跡、八尾比丘尼の墓。
八尾比丘尼は、今の福井県に相当する若狭の国に生まれ、人魚の肉を食べてしまったことで不老不死になってしまった伝説上の女性です。
八百年間諸国を巡り歩いた後に、若狭の小浜で亡くなったと伝えられていますが、室町時代に造られたとされる八尾比丘尼の墓石がここ箱根に残っています。
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八尾比丘尼の墓の右手には、地下道があります。
元箱根の石仏石塔群は、国道1号線を挟むようして道の左右に造られていますが、わざわざ国道1号線を横断しなくてもいいようにこの道の下を通る歩道貫通洞が設けられています。
この地下道を通り階段を上がった先に六道地蔵があります。
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しかし、行った時間が遅かったせいか、六道地蔵のお堂は閉まっていました。
あらま、せっかく来たのに。
まだ午後五時にもなっていませんが、いったい何時に閉まってしまうんでしょう。
この辺り一帯はほとんど人がいないし、けっこう早く閉まってしまうのかも。
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六道地蔵の先は行き止まりになっているので、もう一度地下道を通り、八尾比丘尼の墓に戻ります。
この先の遊歩道には応長地蔵、多田満仲の墓、二十五菩薩、曽我兄弟・虎御前の墓と史跡が並んでいる。
これほど史跡が続く遊歩道も珍しい。
しかしインパクトがあまりないせいか、史跡見学に来ている人は誰もいなく寂しい雰囲気です。
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多田満仲の墓。
多田満仲は平安時代中期の武将で、多田源氏の祖。
平安時代の各地の国司や受領を歴任した人物です。
この人の墓は全国に七つくらいある。
いったい何回死んだんですかね。
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多田満仲の墓から、さらに小涌園方向に進んでいくと地下道の手前に二十五菩薩という、ひとつの岩にたくさんの仏が彫り込まれた磨崖仏があります。
国道1号の西側部分(写真)の岩に23体の仏が刻まれ、地下道を通って国道1号の東側に出たところにも三体の仏が刻まれた磨崖仏があります。
全部で26体ありますが、二十六菩薩でなくていいんですかね。
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帰りは蘇我兄弟の墓から箱根登山バスで箱根町に帰りました。
精進池付近の東海道は霧の深い山中であり、人もいない遊歩道に佇む石仏石塔群はなんとも寂しく見えて、まるでこの世の果てに来てしまったような錯覚に陥ります。
こういう雰囲気を楽しめる人には、穴場的スポットではないでしょうか。
(訪問日2013年8月30日)