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宮城県仙台市青葉区一番町にあるマーケット、壱弐参横丁を歩いてきました。
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壱弐参横丁はJR仙台駅から徒歩12、3分ほどの場所に位置する商店街です。
仙台駅から青葉通りを西に進み、南北に伸びるサンモール一番町商店街を南下すると左手に入り口が見えてきます。
「壱弐参(いろは)横丁」というのは近年になってから名づけられた名称で、仙台市青葉区一番町二丁目三番という住所を由来としています。
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壱弐参横丁の北側にある駐車場から、青いバラック建築が建ち並ぶ壱弐参横丁の外観を見ることができます。
壱弐参横丁は東日本でも最大級のバラック商店街とのことで、東西約120メートルにわたってバラックがひしめき合っています。
このバラック商店街は、太平洋戦争の敗戦からわずか一年後の昭和21(1946)年8月に設立された中央公設市場をその原型としているという。
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昭和20(1945)年7月10日、東北地方の中心都市であった仙台市はアメリカ軍による激しい空襲を受け、焼夷弾10,961発による絨毯爆撃と高性能爆弾8個によって仙台市中心部は焦土と化しました。
敗戦直後、焼け野原となった仙台のあちこちの路上にはバラック商店や露天商が開かれましたが、それらを集めて市場を作ろうという動きにより設立されたのが中央公設市場です。
戦後の混乱期、仙台で最初に復興したのはこの中央公設市場といわれています。
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壱弐参横丁は青葉小路と松竹小路という東西に伸びる二つの小路からなっており、商店街には様々な店舗が軒を連ねています。
戦後の闇市を起源とするバラック建築の商店街というから中は古い昭和の居酒屋ばかりだろうと思いきや、意外と中は真新しい小ぎれいな飲食店が多かったです。
アンティークやアクセサリー、アウトドアショップなどといった若者向けのお洒落なお店もあり、外観に比して今どきの商店街といった雰囲気でした。
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今風の商店街…かと思えば、このような昭和レトロ感漂うお店もきちんとあるところはさすがですね。
昭和のスナックらしい、やたらと間口が狭いこの「スナック バル」も現役で営業中のようでした。
壱弐参横丁には昭和レトロな店舗と、若者向けなお店が入り混じっています。
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壱弐参横丁は建物と建物の間にも小路があり、それを通って青葉小路と松竹小路を行き来することもできます。
建物の側面に使われている青く波打つトタン板を見ると、やはりここが戦後の闇市から生まれたバラック商店街であることを改めて認識させられます。
小路は自転車置き場にもなっており、その先には公衆トイレが設置されています。
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壱弐参横丁の真ん中付近には手動ポンプのついた井戸もありました。
この井戸は中央公設市場が設立されて間もない昭和23(1948)年に掘られ、1980年ごろまで洗濯などに使われていたそうです。
井戸の流し場にモザイクタイルとビー玉を使って描かれた竜神は、横丁活性化のために活動するNPO法人と地元大学生が作製したものだという。
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壱弐参横丁の迷路をぐるぐると回っていたら、やがてこんなところに出ました。
正面の、おそらく中央公設市場時代の店舗であろう「ビューティサロン中央」という古い店舗の隣には、なぜか今どきのお洒落な服を着た頭のないマネキンが立っています。
仙台空襲と戦後の闇市、中央公設市場から現代へと続いてきた壱弐参横丁は、昭和レトロとモダンが融合した不思議な空間という印象でした。
(訪問月2015年5月)