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東京都北区王子本町にある軍事遺跡、東京第一陸軍造兵廠跡地を歩いてきました。
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これまでその広大さから、北区中央図書館周辺自衛隊十条駐屯地障害者総合スポーツセンター周辺と複数回にわたって訪問してきた十条台の東京第一陸軍造兵廠跡地。
今回は十条駐屯地の回に廃墟化していると書いた都営王子アパート・王子母子アパートがすでに更地になっているというので見てきました。
写真右手の銀色のフェンスはかつて都営王子アパートが建っていたところですが、フェンスの中はすでに更地になっています。
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そして十条駐屯地の回に無くなってしまうかもと危惧していた旧都営王子アパート3号棟前の陸軍境界標石ですが…
案の定というか、見事に無くなっていました。
運悪く、ちょうど工事車両が出入りすると思われるジャバラのところにあったのが悪かったようです。
東京第一陸軍造兵廠の軍事遺跡のひとつだったのに、なんとも残念ですね。
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旧都営王子アパート3号棟の西側には、北区立中央公園へつながる道路があり、写真左手は老朽化の著しい都営王子本町三丁目アパートが建ち並び、右手は高台となっています。
高台の上は真新しい高層の都営住宅が建っていますが、まだ住民は入っていないようでした。
高台を支える擁壁も、少し前まではでこぼこした黒い石積みでしたが、今では白い整然とした美しい擁壁に作り替えられており、その足元には歩道まで設けられています。
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この歩道が敷かれたところは確か、以前は雑草が生い茂る植え込みみたいな場所で、茂みが擁壁の足元を隠していましたが…
舗装されきれいな歩道になったことによって、擁壁の足元が明らかになりました。
白の擁壁の東端に、まるで道祖神のごとく一基の境界標石が姿を現しています。
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はっきりと、「陸軍用地」と読める軍用地境界標石です。
高台の足元という位置関係上、東京第一陸軍造兵廠の軍用地境界標石で間違いないでしょう。
工事業者はわざわざ擁壁をくりぬいた形にしてまで、境界標石を残してくれたようです。
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擁壁沿いに歩道を西に進んでいくと、正面に都営王子本町三丁目アパートの15号棟と16号棟が見えてきます。
これら都営住宅が建っているところにはかつて、警察の建物(バラック?)があったと、たまたま付近を歩いていた16号棟に住むお爺さんに聞きました。
米陸軍王子病院跡の回で少し触れていますが、東京第一陸軍造兵廠の跡地に米軍野戦病院があったころ、このあたりではベトナム戦争に反対するデモ隊と米軍基地を守る機動隊との間で衝突があったという。
その機動隊部隊の警戒用臨時隊舎だったんでしょうか。
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白い擁壁は都営王子三丁目アパート15、16号棟を避けるようして北へと曲がっていきますが、その曲がり角の部分にまた軍用地境界標石が残されています。
こちらも「陸軍用地」とはっきり読める軍用地境界標石ですね。
長年草木に守られていたためでしょうか、文字の風化が少ないようです。
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角を曲がった先にもう一基、陸軍用地と記載された軍用地境界標石があります。
これら3つの保存された軍用地境界標石と、取り外されてしまった旧都営王子アパート3号棟前の軍用地境界標石の違いはなんだったんでしょうか。
どうせなら、全部保存してくれればよかったのに。
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この先には北区立中央公園への入り口階段があり、右手の擁壁も古いものへと変わります。
戦後はこのあたりの崖からよく、東京第一陸軍造兵廠が残した弾薬が出土したとかで、付近住民はそれを掘り出して近くの「王子バラック(王子スラム)」というバタヤ稼業で暮らす在日朝鮮人部落に売りに行っていたそうです。
在日朝鮮人部落「王子バラック」は現在の「ちんちん山児童遊園」付近の、東京第一陸軍造兵廠で製造された兵器を輸送した軍用線路の跡地「ちんちん山」に作られたバラック密集地帯で1980年代半ばころまで健在だったらしく、そのころ撮影された映画「十九歳の地図」にも王子スラムとして登場しています。
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道路の先にある階段を上ると、北区立中央公園にでます。
写真中央は北区中央公園文化センター隣にある赤羽台第3号古墳石室
さっきのお爺さんの話によると、この古墳の辺りは米軍兵士の幽霊がよく出るそうです。
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というのも、北区中央公園文化センターを含む現在の北区立中央公園一帯は、ベトナム戦争(1955~1975)最中の昭和43(1968)年から昭和44年までの間、ベトナム戦争の負傷兵を収容する王子野戦病院であったからです。
アメリカ本国まで輸送することができないほど負傷した米兵を収容した米軍王子野戦病院。
ここで亡くなった米兵は、頭や体に綿などを詰められて形を整えられたのち、アメリカ本国へと送られたという。
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北区中央公園文化センターの裏側には、中央公園の森が広がっています。
米軍撤退後に開放されたこの森でも、米兵の霊がよく付近住民や東京家政大学の学生らによって目撃されていたそうです。
遺体は本国に帰っても、魂はこの場所に残ってしまったのでしょうか。
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ちなみにさっきのお爺さんは、かつてはこの森で黒人兵士の幽霊を見たという。
酒に酔っぱらって、自分の境遇の悪さをこの森で嘆いていたとき、黒人の米軍兵士の霊に出会って「気持ちはわかるよ」とか言われて同情されたんだとか。
東京第一陸軍造兵廠が製造した弾薬を崖から掘り出す日本人と、それを買う王子スラムの在日朝鮮人部落、そうして手に入れた金で酔っ払って愚痴を言う日本人を慰める米軍黒人兵士の霊。
かつての王子の軍用地周辺は、今では考えられないような混沌としたところだったのかもしれませんね。
(訪問月2019年5月)