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群馬県前橋市住吉町にある戦争遺跡、比刀根橋防空壕跡地を歩いてきました。
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夏休みに子供たちを連れて前橋市大手町にある児童遊園地、前橋るなぱあくに行ってきました。
前橋るなぱあくは太平洋戦争の敗戦から9年後の昭和29(1954)年に「前橋市中央児童遊園」として開設された児童用の遊園地です。
サッカー場2面ほどの面積に、飛行搭や豆汽車、バッテリーカー、メリーゴーラウンド、ミニジェットコースターなど子供が喜びそうな大型遊具が揃っています。
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前橋るなぱあく入り口近くにある、5台の電動木馬が並ぶもくば館。
もくば館と電動木馬は前橋市中央児童遊園が開設された昭和29(1954)年製のもので、2007年に国の登録有形文化財に登録された遊具です。
全国の遊園地において、稼働中の遊具で登録文化財になっている唯一のものという貴重な遊具ですが、我が家の子供たちはそんなこと関係なく何度も乗って木馬を酷使していました。
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前橋るなぱあくは家計に優しい遊園地で、入園料は無料、木馬と小型遊具は一回10円、ミニヘリコプターなど大型遊具は一回50円です。
また3歳以下の子供は大型遊具に乗る際大人が付き添う必要がありますが、代わりに付添者は無料となります。
これは低年齢児の安全確保のための施策だそうで、全国でも珍しいことだそうです。
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連れて行った子供たちが大喜びで、大型遊具、小型遊具、電動木馬を乗りまくった前橋るなぱあく。
子供たちに引きずり回され、疲れて小広場のテーブルで一息ついていると、るなぱあくの北側、源英寺側の高台の斜面に、コンクリートで造られた四角い穴を発見しました。
はて、あの穴はなんだろう? なんか簡易な防空壕のような穴ですが…
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防空壕と言えば、るなぱあくの東方650mの位置に、広瀬川に架かる比刀根橋という橋があります。
比刀根橋は昭和8(1933)年に竣工した近代土木遺産の鉄筋コンクリートアーチ橋です。
この橋の辺りは、太平洋戦争の敗戦10日前の昭和20(1945)年8月5日、前橋空襲という大規模な空襲を受けた地域として知られています。
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比刀根橋の北側広瀬川沿いの緑地には、前橋空襲の犠牲者追悼碑「前橋市戦災被爆者平和記念碑」が設けられています。
前橋空襲は昭和20(1945)年8月5日夜、米軍に占領されたマリアナ諸島テニアン島を飛び立った92機のアメリカ陸軍戦略爆撃機B29が、前橋市街地を中心に焼夷弾など計723トンを投下した大空襲でした。
この空襲によって前橋市は当時の2万871戸のうち、1万1518戸が全半焼し、535人が亡くなり、600人以上が負傷する大きな被害を受けています。
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前橋市戦災被爆者平和記念碑の近くには、遺族会が設置した前橋空襲を知らせる碑文があります。
碑文によると、前橋市戦災被爆者平和記念碑が建立されたところはかつて比刀根橋防空壕があったところだったという。
比刀根橋防空壕は前橋空襲でも最も激しい爆撃にさらされ、12名の犠牲者がでた防空壕だったようです。
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堅固で模範的な防空壕だったと言われる比刀根橋防空壕ですが、焼夷弾攻撃によって周辺が一面火の海となり、防空壕の扉は強い火勢によって開かず、壕内に避難した人々は蒸し焼きになる結果となってしまったという。
当時、前橋市では防空壕が公民合わせて一万数千ヵ所あり、比刀根橋近辺では地下式22か所、半地下式25か所の計47か所の公共用防空壕が造られたそうです。
ひょっとすると前橋るなぱあくで見かけたあの穴も、防空壕の名残なのかもしれませんね。
(訪問月2019年8月)