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群馬県利根郡みなかみ町後閑にある軍事遺跡、中島飛行機後閑地下工場跡を見学してきました。
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現在地はみなかみ町後閑の観光施設、月夜野びーどろパークです。
月夜野びーどろパークは上越クリスタル硝子が運営するガラスのテーマパークです。
中にはグラスアート美術館もあり、ガラス工芸の歴史を学びながら美しいガラスを見ることができます。
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上越クリスタル硝子は、創業者である倉田昌三が明治38(1905)年2月に東京都文京区で主に温度計や計量器等の理化学ガラスを製造する工場を創業したのが始まりです。
工場及び本社が現在地に移転したのは、太平洋戦争の敗戦から一年半後の昭和22(1947)年3月のことでした。
上越クリスタル硝子の工場が移転してくる前は、この場所には松根油の工場があったそうです。
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月夜野びーどろパークでは、上越クリスタル硝子の工場を無料で見学できます。
かつてここには、太平洋戦争の末期、軍需物資が欠乏していた日本軍の要請で設置された、航空機用燃料としてとても効率の悪い松根油を製造していた工場があったという。
終戦により放置されていたその工場に現在の上越クリスタル硝子株式会社が移転してきて、色彩工芸ガラスの生産を本格化するようになりました。
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工場見学でもっとも目を惹く11本るつぼ連帯ガス熔融窯。
1600度の熱でガラスを溶かす溶解炉で、近づくことはできませんが距離があってもかなり熱いです。
近くにいる職人はかなり熱いに違いないでしょうが、平然とした顔で作業していました。
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太平洋戦争末期に造られた航空機用燃料の製造工場跡地にできた、月夜野びーどろパーク。
そんな月夜野びーどろパークの東南方約1.35kmの位置にある山、通称・城山の山裾にも、同じく太平洋戦争末期に造られ、航空機に関係のある軍事遺跡が眠っています。
それは海軍航空機の機械部品を製造していた中島飛行機小泉製作所尾島工場の地下工場跡です。
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網で塞がれていますが、地下工場への坑道が山裾の緑の隙間に黒々とした口をひっそりと覗かせています。
中島飛行機後閑地下工場の工事は、日本本土への空襲が激化した昭和20(1945)年2月から海軍第3013設営隊と間組によって行われました。
朝鮮人や中国人、尾島工場の工員や近隣各村の青少年を動員して作ったとされ、工事における中国人死亡者は10人を数えたという。
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こちらはミナカミテック株式会社という会社の向かい側にある、コンクリとブルーシートで塞がれた坑道跡です。
このような坑道がいくつも掘られ、その長さは長いもので180mあり、その間に16本の横坑が走り、地下工場は碁盤の目のような形をしていたといわれています。
地下工場は敗戦間際の昭和20(1945)年8月10日に完成しましたが、結局稼働することはなかったようです。
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こちらはシャッターがつけられた後閑地下工場の坑道跡で、現在はどうも近くにあるキノコ工場によって資材置場として使われているそうです。
航空機用の燃料として非効率的な松根油を製造していた松根油工場と、飛行機の機械部品を地下で製造しようとしたものの結局できなかった中島飛行機後閑地下工場。
太平洋戦争末期における大日本帝国の航空機事情が、ここみなかみ町後閑に眠っています。
(訪問月2019年8月)