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栃木県栃木市の観光名所、小江戸・栃木「蔵の街」を歩いてきました。
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現在地は栃木市の巴波川沿いにある「蔵の街遊覧船」待合処です。
ここでは昔ながらの小舟「都賀舟」に乗って、巴波川を約20分間遊覧することができます。
遊覧船待合処では鯉の餌が売られていて、舟に乗りながら巴波川を泳ぐ鯉に餌をあげることもできます。
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新潟県小千谷市の「錦鯉の里」で、鯉への餌やりが大好きになった子供たちに引っ張られるようにして都賀舟に乗船しました。
遊覧船は、遊覧船乗り場北側にある幸来橋と南側にある瀬戸河原橋の間を一周する形式となっています。
船頭さんによると巴波川の鯉には縄張りがあるそうで、都賀舟の移動にあわせてついてくる鯉は途中で変わるらしいです。
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最初は少ないなと思っていたけれど、途中から我も我もと都賀舟に押し寄せてきた巴波川の鯉。
川の流れが少し早いので、それを考慮して餌を投げないと餌はすぐに後方に流れていってしまいます。
きっと鯉たちも、「もっといいところに投げろよ」と思っているに違いないでしょうね。
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北総の小江戸・佐原と同じく、江戸時代舟運で栄えた栃木市には巴波川を中心に今も旧家の蔵や材木問屋が多く残っています。
こちらは栃木市で質屋を営んでいた「坂倉家」の土蔵です。
約200年前の江戸時代の建物で、現在は栃木市郷土参考館として無料で公開されています。
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栃木市の歴史資料をはじめ、市内から出土した石器、栃木の産業、瓦や下駄造りの道具、民俗資料などが展示された栃木市郷土参考館。
しかし、多くは江戸時代や明治・大正時代の展示ばかりで、昭和のころの資料の展示はほとんどありませんでした。
特に第二次世界大戦に関する資料などまったくなく、まるで黒歴史のごとく年表から葬りさられています。
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まあ「小江戸」として売り込んでいるくらいだから、昭和が無視されるのは仕方ないのかな、などと思いつつ、とちぎ蔵の街大通りにやってきました。
規模では埼玉の小江戸・川越には負けるものの、江戸時代の蔵造りの建造物や明治・大正時代のお洒落な建造物をリノベーションした商店や食事処が建ち並んでいます。
いかにも昭和な建物もあるにはあるのですが、なぜか江戸、明治、大正の建物より見た目が小汚く、意識して見ないと目に入ってきません。
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そんな蔵の街大通りを北に向かって歩いていくと、みずほ銀行栃木支店の南隣に一軒の閉まった見世蔵を発見しました。
こちらは明治39(1906)年に建てられた太田家見世蔵という建造物で、現在は空き蔵となっているようです。
太田家見世蔵のカーテンが閉まった店先に、三枚の白黒写真が掲示されているのが目に留まりました。
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対面にある建物が反射してしまって見にくいですが、上から、
「空襲防火訓練(昭和18年頃・幸来橋付近)」
「食糧増産荒地開墾(昭和15年・栃木市西部)」
「銃後の母子(昭和15年〈1940年〉・栃木市内)」
と題された白黒写真です。
おおっ、これこそまさに昭和、そして第二次世界大戦。
しかしなぜ、何の脈絡もなく空き蔵の店先に戦中の写真が展示されているんでしょうか。
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太田家見世蔵からさらに100mほど北へ蔵の街大通りを歩いていくと、またも店先に白黒写真が掲示されている見世蔵がありました。
こちらは昭和19(1944)年ころに閉店した旧永楽屋薬舗見世蔵で、掲示されている解説文によると、どうもこれら白黒写真は「蔵プロジェクト」というネットワークとちぎ主催のショーウィンドのようです。
プロジェクトは期間を定めて定期的に行われているようで、今回は『栃木 戦中・終戦直後に暮らした人』展とのことでした。
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旧永楽屋薬舗見世蔵展示の写真の枚数は多く、全部で七枚の白黒写真が展示されていました。
昭和天皇の全国行幸(昭和22年)の写真や憲法発布記念神社〈社殿:旧奉安殿〉の写真といった終戦直後の写真や、学校工場〈飛行機部品納品〉(昭和19年・栃木高等女学校)といった戦中の写真です。
また明治中期の永楽屋付近の栃木町大通りの写真などもありました。
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その内、ちょっとぎょっとしたのがこの写真。
こちらは昭和17(1942)年の栃木高等女学校における防毒班訓練の写真とのことです。
戦争が徐々に日本本土へと近づいてくる中、奇怪なガスマスクをつけて訓練を行う少女たちは、何を思ったのでしょうか。
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ちなみに栃木市は、太平洋戦争末期の昭和20(1945)年7月30日午後3時ころ、アメリカ軍艦載機による空襲を受けています。
写真は旧永楽屋薬舗見世蔵から蔵の街大通りをさらに北へ350mほど進んだ万町交番前交差点に面する櫻井肥料店です。
櫻井肥料店の店舗は明治時代中期の建造物で登録有形文化財です。
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アメリカ軍による空襲では、栃木市の泉町付近に4発の爆弾が投下され、そのうちの1発は万町の櫻井肥料店から道路を挟んで北側の電柱に直撃しました。
幸い死傷者は出なかったものの、櫻井肥料店の外壁は爆弾の破片によって損傷を受けたそうです。
櫻井肥料店店舗の北側道路に面する外壁はところどころに穴や傷がついていますが、これがその爆弾による損傷なんでしょうか。
(訪問月2019年9月)