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東京都北区西ヶ原にある教育機関、北区防災センター「地震の科学館」を歩いてきました。
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子供たちを連れて、北区の滝野川公園で開催されたふるさと北区区民まつりに行ってきました。
ふるさと北区区民まつりは北区でも最大級のお祭りで、王子会場、赤羽会場、滝野川会場の三会場で開催されるお祭りです。
王子会場は飛鳥山公園なので、王子会場と滝野川会場がやけに近いの対して赤羽会場だけがけっこう離れていてバランスが良くない気がしますね。
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滝野川会場である滝野川公園には地震の科学館という北区防災センターが隣接していますが、祭りに合わせてスタンプラリーをやっていたので寄ってみました。
地震の科学館では地震についての学習や地震の体験、消火器を使っての初期消火訓練などができます。
特に地震体験室では実際に部屋がぶんぶん揺れるので、迫真の地震を体験することができて子供たちは大喜びでした。
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地震体験室向かいの展示ホールでは、大地震で被災した屋内や倒壊したブロック塀などが展示されています。
地震で倒壊したブロック塀といえば、2018年6月18日に大阪府北部を震源として発生した大地震が記憶に新しいですね。
大阪府北部地震では登校途中の小学生が倒壊したブロック塀の下敷きになり、大地震の際はブロック塀や自動販売機など倒れそうなものからすぐに離れなければならないという教訓を残しました。
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こちらは防災用品・非常持出品などの紹介コーナー。
災害時は非常用のコップとして使えるという空き缶を二つに切ったものが展示されていました。
個人的なイメージですが、戦争文学に出てくる敗残の日本兵はだいたい錆び付いた空き缶のコップを身に付けている気がします。
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こちらは関東大震災を始めとする過去の大地震を紹介するコーナーです。
昭和16(1941)年12月8日に始まった太平洋戦争が、昭和20(1945)年8月15日に終わるまでの3年8か月の間に、三回もの大地震が起きているのが注目されます。
昭和18(1943)年の鳥取地震、昭和19(1944)年の昭和東南海地震、昭和20(1945)年1月の三河地震がそれで、いずれの地震も千人以上の死者行方不明者を出しています。
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〈三重県錦地区の津波被害状況・三重県のホームページより抜粋〉
昭和19(1944)年12月7日に発生し、三重県や静岡県などで震度6を観測した昭和東南海地震は、東海地域にあった軍需工場に壊滅的打撃を与えました。
しかし軍需工場の被害が連合国側に漏れることを恐れた軍部は情報を統制し、被害の具体的な状況が報じられることはなかったという。
そのため他の地域からの救援活動が行われず、被災地は孤立無援となって更なる被害を出してしまった上に、連合軍には地震のことは筒抜けで情報統制は無意味どころか有害なものだったそうです。
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この時東南海地震を報道すべきメディアは何をしていたかというと、すでに軍とべったり癒着しており「大本営発表」などに代表される軍のデタラメな発表を無批判に垂れ流す機関に過ぎませんでした。
権力者との癒着やスポンサーの広告費などによって、メディアが真実とは違った報道をするケースは今もよく見られますね。
最近台風19号による豪雨で広範囲な冠水被害を受けた武蔵小杉は、それまでメディアによってずっと「住みたい街」ランキング上位にいましたが、災害リスクをごまかされていた結果と言えるのかもしれません。
(訪問月2019年10月)