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鵜原理想郷を歩き回った後、理想郷近くの宿「磯香の湯宿 鵜原館」に宿泊しました。
鵜原館は大正時代末期にできた歴史ある旅館で、古い建物ですが、とても情緒あふれる旅館です。
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鵜原館は温泉宿としても有名で、トンネル風呂、軍事洞窟風呂、展望風呂、貸切風呂の露天風呂と4つの温泉が楽しめる宿です。
トンネル風呂の入浴時間は男性は15時から22時まで(女性は6時から10時まで)で、もうひとつの軍事洞窟風呂は男女逆の時間になっています。
特にトンネル風呂と軍事洞窟風呂はほかの温泉宿では見られない珍しい温泉で、鵜原館の目玉のひとつになっています。
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トンネル風呂。
狭いトンネルを約15mほど進んだ先に洞窟内に作られた浴槽があります。
ここは裸&裸足で歩かなければならないため、真冬に行くと結構寒いと思われます。
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トンネルの奥は洞窟温泉になっています。
浴槽だけでなく洗い場も巨大なかまくらみたいな洞窟の中にあります。
窓の向こうには太平洋を一望できる絶景が広がっています。
一緒に入った高齢の爺様は、とても話し好きな方で、ここから眺める夕日が最高なんだ、と語っていました。
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トンネル風呂入り口の横には、鵜原館の展示資料室があります。
この展示資料室の正面に、もうひとつの目玉の風呂、軍事洞窟風呂があります。
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軍事洞窟風呂の更衣室にある説明板。
第二次世界大戦中、日本軍は鵜原を爆弾つきモーターボート、特攻艇「震洋」の発進基地とするため鵜原館を接収して兵士を泊まらせました。
軍事洞窟風呂はその時代に、もともとあった貯水槽を大勢の兵士がつるはしのみで掘り広げ、部隊の飲料水確保のために造ったものです。
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軍事洞窟風呂浴室。
正方形の浴槽で、もともとは貯水槽ということもありあまり温泉らしくない。
トンネル風呂より狭いです。
しかし、浴槽はかなり堅そうな岩だ。
よくこんなものをツルハシのみで掘り進めたな。
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入浴後、夕食をとりました。
さすが海岸沿いの旅館だけあり、海の幸がふんだんに使われた豪勢な料理です。
これも鵜原館の目玉です、とてもおいしかったです。
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夕食をたいらげたあと、腹ごなしに近くを散歩することにしました。
鵜原館は社員旅行と思われる団体さんがいて、外に談笑が響くくらい賑やかでした。
しかし鵜原館の敷地を出れば、静かな闇が辺りを覆っています。
この時間に理想郷に行くのは足元が見えず危険なので、鵜原館の下に見える小さな港、勝馬港の方に行ってみました。
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勝馬港の入江前の岩壁には、コンクリートで固められた人工の洞窟がありました。
今は倉庫として使われているようですが、これは太平洋戦争末期、この場所に特攻艇「震洋」の出撃基地があった際の「震洋」の格納壕跡であるとされています。
もし日本が降伏せず戦い続けていたら、押し寄せる連合軍艦艇に対しここから震洋が出撃していきました。
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震洋の格納壕は勝馬港周辺にいまだ点在しているようです。
翌朝、鵜原館をあとにして鵜原駅方向に帰る際の昨日歩いてきた道。
本当に静かで明るい、いつまでもここにいたいと思えるような道なのですが、横にある雑木林をよく見てみると。
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草木に隠されるようにして岩壁にたくさん穴が空いていました。
これも震洋の格納壕であったようです。
また鵜原の山中には、震洋に積む爆弾を製造していた「鵜原火薬庫」の廃墟もあるという。
神風特別攻撃や回天よりも成功率の低そうな自爆攻撃、モーターボートによる自爆特攻。
ここで出撃をまっていた兵士たちは、どんな心境で日々を過ごしていたのでしょうか。
理想郷という表の顔と、震洋という裏の顔が混在する鵜原。
そのギャップを楽しむのも面白いと思います。
一度訪問してみてはいかがでしょうか。
(訪問月2014年3月)