帝都を歩く

帝都・東京。当ブログは東京住まいの管理人が、帝都東京が明治期から現在まで歩んできた道を学ぶため、帝都および周辺都市に残る戦争遺跡や歴史的建造物、地下壕・洞窟やB級スポットまでを探訪して見聞を広めるブログです。東京観光等に役立てていただけたら幸いです。

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品川区東八潮にある展示施設、船の科学館を歩いてきました。現在地はゆりかもめ船の科学館駅を降りてすぐ目の前にある船の科学館です。船の科学館は海と船の文化をテーマにした海洋博物館です。ですが船の科学館本館は現在、リニューアル準備のため展示公開を休止しています ...

八丈島八丈町樫立にある戦争遺跡、直射砲台跡を歩いてきました。現在地は八丈島の坂下地区(三根、大賀郷)と坂上地区(樫立、中之郷、末吉)を繋ぐ逢坂橋上です。巨大な谷を跨ぐようにして架設された逢坂橋は、全長が1325メートルに及ぶダイナミックな橋です。この橋はかな ...

八丈島八丈町樫立にある軍用道路、防衛道路を歩いてきました。現在地は八丈一周道路、樫立の伊郷名バス停です。ここ伊郷名はかつて湯郷名と呼ばれ、温泉が湧き出ていて大きな集落があったと言われています。しかし宝永年間に起きた地震の際に温泉源が変わり、まったく温泉が ...

八丈島八丈町三根にある戦争遺跡、人間魚雷「回天」の壕を歩いてきました。現在地は、八丈島の海水浴場のうちもっとも観光客で賑わう底土海水浴場です。砂浜が少ない八丈島では、この底土海岸が比較的整備され一番安全に海水浴ができるため、多くの人が海水浴やダイビングに ...

新年明けましておめでとうございます。今年も「帝都を歩く」をよろしくお願いします。今年は長女が幼稚園に入園する我が家にとって節目の年です。最近は口も回るようになってきた娘ですが、人付き合いが得意でないので少し心配です。特に娘は年齢の近い男子を苦手としている ...

2017年も今日で終わりですね。本年おかげさまで我が家の子供たちは、大きな病気や怪我もなく順調に成長できました。そろそろ子供たちも自我が目覚める時期であり、2018年は私も特段の努力をして子供たちの模範となっていきたいと思っています。さて2017年最後の更新となる今 ...

八丈島八丈町大賀郷の八丈島歴史民俗資料館周辺を歩いてきました。太平洋戦争末期の昭和20(1945)年3月26日、日本陸軍の栗林忠道中将率いる小笠原兵団の硫黄島守備隊が、日本本土へと迫るアメリカ軍の絶え間ない攻撃によって玉砕しました。硫黄島が陥落すると、小笠原諸島と日 ...

墨田区押上の東京スカイツリータウンを歩いてきました。クリスマス時期ですね…。この時期になると、我が家の近所ではあちこちで自宅イルミネーションが見られるようになります。うちの子ども達はイルミネーションが大好きなので、大きなイルミネーションを見にお出かけしま ...

[当施設につきましては、2018年4月1日付で閉鎖されたとのことです]八丈島八丈町大賀郷にある展示施設、八丈島歴史民俗資料館を歩いてきました。八丈島歴史民俗資料館は、宇喜多秀家の住居跡から八丈一周道路を約500メートル西へ進んだ位置にある資料館です。島内各地の民家に ...

八丈島八丈町末吉にある天然記念物、ポットホール散策路を歩いてきました。現在地は八丈島の中之郷地区にある観光名所、裏見ヶ滝です。ここは「トリック劇場版2」のロケ地でもあり、ネットや雑誌では八丈島観光でここは見なきゃだめ的な感じで紹介されている観光名所です。 ...

八丈島八丈町大賀郷にある史跡、宇喜多秀家の住宅跡と墓を歩いてきました。帝都・東京から南へ約290km離れた太平洋上に浮かぶ島、八丈島。八丈島は江戸時代において罪人の流刑地だったことで知られる島です。このため八丈島は流人の島と言われていますが、別に島人の多くが流 ...

かつての軍事施設跡が、今は女子大とか女子高になっているケースって結構多いです。そういった所で軍事遺跡を探してカメラを持ってうろついていると、警備の人とかに不審な目で見られて困ることがあります。しかしそんな時の最強の防御兵器は「子供」です。おっさんがカメラ ...

最近、息子の外出したい病が凄いです。家の中で姿が見えないなと思うと、たいてい玄関で靴を漁っています。また、外から帰ってきても頑固に家に入ろうとせず、まだ外に出せと玄関前で泣き叫びます。というわけで最近は休みの日などに、朝息子を叩き起こしたりして散歩に連れ ...

東大和市芋窪二丁目から武蔵村山市中藤二丁目までの、多摩湖(村山貯水池)の南側を走る多摩湖自転車道を歩いてきました。心霊スポット「慶性門」や中華風寺院「山口観音」など、B級的なスポットが多い多摩湖畔。多摩湖は東京市民の水源確保のために、昭和2(1927)年、狭山丘 ...

港区南青山にある都立霊園、青山霊園を歩いてきました。青山霊園は明治7(1874)年に開園した公共墓地で、明治維新の功労者や政治家、文学者や芸術家、科学者など様々な分野の著名人の墓が数多くある霊園です。約26万平方メートルの敷地には、10万墓を超える墓があるという。多 ...

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