帝都を歩く

帝都・東京。当ブログは東京住まいの管理人が、帝都東京が明治期から現在まで歩んできた道を学ぶため、帝都および周辺都市に残る戦争遺跡や歴史的建造物、地下壕・洞窟やB級スポットまでを探訪して見聞を広めるブログです。東京観光等に役立てていただけたら幸いです。

カテゴリ:群馬県

群馬県利根郡みなかみ町後閑にある軍事遺跡、中島飛行機後閑地下工場跡を見学してきました。現在地はみなかみ町後閑の観光施設、月夜野びーどろパークです。月夜野びーどろパークは上越クリスタル硝子が運営するガラスのテーマパークです。中にはグラスアート美術館もあり、 ...

群馬県利根郡みなかみ町後閑の喫茶店、ドイツコーヒー夢に行ってきました。現在地はJR東日本上越線の後閑駅前交差点です。後閑駅は2019年8月の時点で無人駅であり、時刻表を見ても一時間に一本程度しか電車が来ない小さな駅です。しかし駅前には、このあたりでは稀少と思われ ...

群馬県高崎市棟高町にある軍事遺跡、陸軍前橋飛行場跡を歩いてきました。子供たちを連れて、群馬県高崎市にあるイオンモール高崎にやってきました。イオンモール高崎は2006年にオープンしたイオンモールが運営するショッピングセンターです。昔はショッピングセンターに行く ...

群馬県前橋市住吉町にある戦争遺跡、比刀根橋防空壕跡地を歩いてきました。夏休みに子供たちを連れて前橋市大手町にある児童遊園地、前橋るなぱあくに行ってきました。前橋るなぱあくは太平洋戦争の敗戦から9年後の昭和29(1954)年に「前橋市中央児童遊園」として開設された児 ...

群馬県北群馬郡吉岡町にある博物館、伊香保おもちゃと人形自動車博物館を子供たちとともに歩いてきました。以前訪問した命と性ミュージアムから近いところにある「伊香保おもちゃと人形自動車博物館」。おもちゃと人形自動車博物館は様々な博物館を詰め合わせた大型複合ミュ ...

群馬県安中市松井田町にある産業遺産、碓氷第三橋梁(めがね橋)を歩いてきました。碓氷第三橋梁は、碓氷川に架かるレンガ造り四連アーチ式の鉄道橋です。この橋は昭和38(1963)年まで、国鉄信越本線の横川駅~軽井沢駅間で運用されていた「旧碓氷線」にあった橋梁のひとつで ...

群馬県安中市松井田町にある鉄道テーマパーク、碓氷峠鉄道文化むらを歩いてきました。鉄道好きな子供たちのため、夏休み期に安中市の碓氷峠鉄道文化むらにやってきました。碓氷峠鉄道文化むらはJR東日本信越本線の廃線区間(横川~軽井沢間の旧碓氷線)にあった横川運転区の ...

群馬県北群馬群吉岡町にある、命と性ミュージアムを訪問してきました。最寄りのバス停は群馬バスの発電所入口バス停です。群馬舞茸センターや有名なおもちゃと人形自動車博物館からも近く、徒歩で行けます。伊香保旅行の最後の目的地となった命と性ミュージアム。遠くから見 ...

赤ちゃん連れ伊香保旅行の続きです。清芳亭近くにある見晴下バス停から土日限定で出ている水沢シャトルバスに乗り、うどんで有名な水沢うどん街へ行きました。もうお昼時なので、娘のあやちゃんに離乳食を食べさせなければいけませんね。数ある水沢うどん街のうどん屋の中で ...

群馬県渋川市伊香保町にある伊香保観光ホテルを見学してきました。前回からの伊香保旅行の続き、翌日の朝です。翌日はチェックアウト時間ギリギリに旅館を出ました。今回は赤ちゃんがいるので、旅行スケジュールもかなりゆったりしたものになっています。もとより、予定通り ...

前回からの、伊香保旅行の続きです。ハワイ王国公使別邸を見学後、石段街に戻りました。伊香保の石段は頂上にある伊香保神社まで365段の階段で、伊香保神社の参道にもなっています。石段街は昔ながらの射的屋や土産物屋が並んでいて、行き交う人で賑わっていました。しかし一 ...

前回からの、伊香保旅行の続きです。旧渋川有限責任信用組合近くの渋川四ツ角西バス停から伊香保温泉までバスに乗りました。バスに揺られること約20分、有名な伊香保石段街に到着です。伊香保石段街の由来は戦国時代に遡ります。武田勝頼が長篠の戦いで負傷した武田兵の療養 ...

生後七か月になる娘と初めての旅行に出かけました。旅行先は関東屈指の温泉地として名高い伊香保温泉です。有名な観光地ということもあり、今更書くこともあまりありませんが、赤ちゃん連れの旅行として気づいたこと等を書こうと思います。基本我が家の旅行は公共交通機関を ...

群馬県高崎市にある安産祈願の名所、山名八幡宮を訪問してきました。高崎駅から上信電鉄で上州富岡駅まで行くにあたり、富岡製糸場見学往復割引乗車券というのを購入しました。これは高崎から上州富岡までの往復切符と富岡製糸場入場券がセットになった券で、バラで買うより ...

上州富岡駅から徒歩約15分、富岡製糸場に到着しました。富岡製糸場は明治5年に官営製糸場として開業し、その後民間に払い下げられ、経営母体を変えながらも昭和62年まで現役施設として稼働していました。学生のころに歴史の教科書で見た、明治初期の富国強兵政策の象徴 ...

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