帝都を歩く

帝都・東京。当ブログは東京住まいの管理人が、帝都東京が明治期から現在まで歩んできた道を学ぶため、帝都および周辺都市に残る戦争遺跡や歴史的建造物、地下壕・洞窟やB級スポットまでを探訪して見聞を広めるブログです。東京観光等に役立てていただけたら幸いです。

カテゴリ:産業遺産

群馬県安中市松井田町にある産業遺産、碓氷第三橋梁(めがね橋)を歩いてきました。碓氷第三橋梁は、碓氷川に架かるレンガ造り四連アーチ式の鉄道橋です。この橋は昭和38(1963)年まで、国鉄信越本線の横川駅~軽井沢駅間で運用されていた「旧碓氷線」にあった橋梁のひとつで ...

群馬県安中市松井田町にある鉄道テーマパーク、碓氷峠鉄道文化むらを歩いてきました。鉄道好きな子供たちのため、夏休み期に安中市の碓氷峠鉄道文化むらにやってきました。碓氷峠鉄道文化むらはJR東日本信越本線の廃線区間(横川~軽井沢間の旧碓氷線)にあった横川運転区の ...

八丈島八丈町樫立の唐滝・硫黄沼ハイキングコースを歩いてきました。現在地は八丈一周道路のバス停「富次朗商店前」から唐滝への山道を車で5分ほど進んだ、唐滝・硫黄沼ハイキングコースの駐車スペースです。富次朗商店前バス停から唐滝までのハイキングコースは約2キロメ ...

埼玉県秩父市にある鉱山、ニッチツ鉱山(秩父鉱山)とその鉱山街を歩いてきました。ニッチツ鉱山は埼玉県秩父市の西方、中津川上流にある鉱山事業場で、右側に両神山、左側に赤岩峠を望む峡谷沿いに位置しています。この鉱山は戦国時代、甲斐の武田氏が金や砂金を採掘したの ...

葛飾区新宿に残る産業遺産、三菱製紙中川工場跡地を歩いてきました。ちなみにここの新宿は「しんじゅく」ではなく「にいじゅく」と読みます。現在地はJR常磐線金町駅から北西へ徒歩10分の位置にある大学、東京理科大学葛飾キャンパスの構内です。東京理科大学葛飾キャンパス ...

北区田端~王子間をかつて走っていた貨物線、JR貨物北王子線線路跡を歩いてきました。以前、北区の軍事遺跡を巡り歩いていた時、王子の町中を走る廃線路を見つけました。その時は軍事遺跡を探していたのであまり気にしなかったのですが、後になって調べたところ、その廃線は2 ...

帝都の湾岸都市、江東区豊洲の街を歩いてきました。買い物の用事で、東京メトロ有楽町線に乗ってやってきた豊洲の駅前。周囲には林立する巨大なタワーマンション群が見えます。一昔前に仕事でこの地区にやってきたときは、広大な更地という印象だったのですが、いつの間にや ...

今回の訪問先は、港区の新橋駅近くにある旧新橋停車場です。東京メトロ銀座線新橋駅の二番出口から徒歩3、4分の位置。現代的な高層オフィスビルが立ち並び、鬱々とした表情のビジネスマンが颯爽と行き交う昭和通り上に、唐突に近代洋風建築の建物が現れます。この建物は「 ...

荒川区にある国指定重要文化財、旧三河島汚水処分場喞筒場施設を訪問してきました。旧三河島汚水処分場ポンプ場施設は、隅田川の中流に位置する旧下水処理場施設です。その運転が開始されたのは大正11(1922)年3月で、平成11(1999)年3月に稼働を停止するまで77年間、昔のまま ...

栃木県宇都宮市大谷町にある採石場資料館、大谷資料館を見学してきました。宇都宮市街地から車で県道70号線を西に15分ほど走った位置にある、宇都宮市大谷町。松が峰教会に使われていた大谷石の採石場として知られるこの町に、1917年から1945年まで存在した航空機・エンジン ...

岩手県岩泉町にある廃線「岩泉線」の終着駅、岩泉駅を訪問してきました。岩泉駅は太平洋戦争中に耐火煉瓦の輸送のために作られた鉄道路線「小本線」を延伸し、1972年に開業したJR東日本岩泉線の終着駅です。岩泉線は2010年7月31日に起きた土砂崩れによる脱線事故により長らく ...

かつて岩手県八幡平市にあった巨大鉱山『松尾鉱山』の資料館と、「雲の上の楽園」と呼ばれていた松尾鉱山町跡を訪問してきました。松尾鉱山は、19世紀末から1969年に閉山するまで、主に硫黄を産出した鉱山です。その規模から、前回の尾去沢鉱山とともに東北三大鉱山と呼ばれ ...

秋田県鹿角市にある、史跡尾去沢鉱山の製錬所跡を訪問してきました。尾去沢鉱山は秋田県鹿角市にあった巨大鉱山で、田老鉱山、松尾鉱山とともに東北三大鉱山とされています。鉱石を採掘した石切沢通洞抗のほか、選鉱所や製錬所等の鉱山施設も未だ残る、一大鉱山跡です。前回 ...

秋田県鹿角市にある日本近代化産業遺産、史跡尾去沢鉱山を訪問してきました。尾去沢鉱山は西暦708年に発見されたとされる鉱山です。かつて、ここから産出された金が、平泉の中尊寺金色堂建立に使われたとも言われています。尾去沢鉱山は、昭和53年(1978年)に主産出資源だっ ...

上州富岡駅から徒歩約15分、富岡製糸場に到着しました。富岡製糸場は明治5年に官営製糸場として開業し、その後民間に払い下げられ、経営母体を変えながらも昭和62年まで現役施設として稼働していました。学生のころに歴史の教科書で見た、明治初期の富国強兵政策の象徴 ...

↑このページのトップヘ