帝都を歩く

帝都・東京。当ブログは東京住まいの管理人が、帝都東京が明治期から現在まで歩んできた道を学ぶため、帝都および周辺都市に残る戦争遺跡や歴史的建造物、地下壕・洞窟やB級スポットまでを探訪して見聞を広めるブログです。東京観光等に役立てていただけたら幸いです。

 帝都周辺地図       地図から記事を検索できます
より大きな地図で 帝都周辺地図 を表示

神奈川県川崎市幸区の動物公園、夢見ヶ崎動物公園を歩いてきました。娘とともに、川崎市のJR新川崎駅から徒歩約15分のところにある動物公園、夢見ヶ崎動物公園にやってきました。夢見ヶ崎動物公園は加瀬山の山頂にあり、新川崎駅からは坂道を下ったり上がったりした先にあり ...

北区西ヶ原の軍事遺跡、海軍火薬廠爆薬部跡ほかを歩いてきました。子供たちとともに北区立西ヶ原みんなの公園にやってきました。西ヶ原の住宅地内に突如として現れる、広大な芝生広場がある西ヶ原みんなの公園。この公園は平成12(2000)年に府中へ移転した東京外語大学西ヶ原 ...

東京都武蔵村山市三ツ木の心霊スポット、三ツ木交差点を歩いてきました。新青梅街道と都道三ツ木八王子線が交わる交差点、三ツ木交差点にやってきました。三ツ木交差点は、かつて交通事故が頻発したり、付近で女性の幽霊が目撃されたことがあったことから、武蔵村山市では有 ...

埼玉県南埼玉郡宮代町のレジャーランド、東武動物公園を歩いてきました。埼玉県東部の宮代町にある東武動物公園は広大な敷地面積を有する遊園地兼動物園で、西側はホワイトタイガーやアフリカゾウなどがいる動物園になっています。このアフリカゾウは砂やフンを投げてくるこ ...

神奈川県川崎市宮前区の軍事遺跡、陸軍東部62部隊跡を歩いてきました。前回、電車とバスの博物館周辺にかつて存在した陸軍軍事施設「陸軍溝ノ口演習場」について取り上げましたが、今回は、その演習場を使用した部隊、「陸軍東部62部隊」の跡地を歩きます。「東部62部隊」と ...

神奈川県川崎市宮前区の軍事遺跡、陸軍溝ノ口演習場跡地を歩いてきました。子供たちを連れて、東急田園都市線宮崎台駅直近にある鉄道博物館「電車とバスの博物館」にやってきました。東武博物館や地下鉄博物館と同じく、駅のすぐ近くにあるので小さい子供がいても行きやすい ...

千葉県習志野市泉町の軍事遺跡、陸軍習志野学校跡を歩いてきました。現在地は習志野市泉町三丁目にある財務省所有の森「習志野の森」入り口前です。「習志野の森」はかつて千葉医科大学付属腐敗研究所があった場所で、同研究所が1977年に移転して以降は緑地になっています。 ...

江東区有明の防災体験学習施設、そなエリア東京を歩いてきました。子供たちを連れて、ゆりかもめ有明駅前にあるそなエリア東京にやってきました。そなエリア東京は、地震発生後の支援が少ない72時間をいかに生き抜くか、を学ぶ防災体験施設です。被災地を模したジオラマの中 ...

千葉県習志野市東習志野の軍事遺跡、支那囲壁砲台跡を見学してきました。現在地は上写真の「現在地」の場所、習志野市教育委員会設置の「鉄道連隊演習線跡」の案内板がある、習志野市東習志野です。鉄道連隊演習線習志野線は、津田沼から千葉に向かう途中、陸軍習志野演習場 ...

千葉県習志野市の軍事遺跡、陸軍鉄道連隊演習線習志野線跡を歩いてきました。前回の陸軍鉄道第二連隊兵営跡から、京成線の京成大久保駅前にやってきました。現在地は京成大久保駅前小公園に面する交差点です。交差点を東西に貫く車道とそれに沿う歩道「ハミングロード」は、 ...

千葉県習志野市の軍事遺跡、陸軍鉄道第二連隊兵営跡を歩いてきました。JR総武線に乗って、習志野市の津田沼駅にやってきました。津田沼駅南口の南側には、千葉工業大学の津田沼キャンパスが広がっており、駅前には学生の姿がたくさん見られます。千葉工業大学津田沼キャンパ ...

千葉県勝浦市市野川のケーキ屋さん、クインズケーキに行ってきました。勝浦市の奥地、千葉のいすみ市と勝浦市を結ぶ千葉県道174号線沿いにある山の中のケーキ屋さん「クインズケーキ」。クインズケーキは「勝浦のチベット」などと呼ばれているらしい市野川という場所にあり、 ...

文京区千石の坂道、猫又坂を歩いてきました。不忍通りを歩いて、文京区千石の猫又坂にやってきました。千石二丁目と千石三丁目の間を通る猫又坂の名前は、かつてこの坂下にあった「猫又橋」に由来しています。猫又橋は、坂下を流れる今は暗渠の下水道になった小石川(千川) ...

千葉県勝浦市川津の史跡・心霊スポット・軍事遺跡、官軍塚を歩いてきました。河津桜が咲くころ、子供たちを連れて千葉県勝浦市の史跡「官軍塚」にやってきました。官軍塚は、戊辰戦争の末期、官軍の熊本藩兵百三十数人の水難死者を埋葬供養した塚です。官軍熊本藩兵350人を乗 ...
   

↑このページのトップヘ