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栃木県日光市足尾町の産業遺産、足尾銅山通洞坑を歩いてきました。
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洞窟探検好きな子供たちを連れて、産業遺産として有名な足尾銅山跡の観光施設「足尾銅山観光」にやってきました。
足尾銅山観光は閉山した足尾銅山の通洞坑を歩くことができる観光施設です。
「さあ!出発じゃ」のアーチ型看板がいかにも昭和の観光施設らしくて味があります。
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足尾銅山通洞坑へはバッテリー式自走トロッコ列車に乗って入っていくため、トロッコの発車時間までこのステーションで待ちます。
お客さんは私たち家族のほか、カップルと思われる二人しかいませんでした。
観光客が少ないのはコロナのせいですかね。
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トロッコ列車は先頭が蓄電池機関車、それに続くバッテリー式自走客車三両の編成。
ステーションを発車すると、渡良瀬川を左に見ながら列車は斜面を下っていきます。
通洞坑口がある高さまで下りてくると先頭の機関車が切り離されて、あとは自走客車のみで通洞坑内へ入っていきます。
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通洞坑に入って少し進むと降車場があり、ここからは徒歩で坑内を進んでいきます。
見学できるのは700mほどが、坑道の全長は1200kmに達するという。
この坑道の長さは、東京から博多までの距離に相当するそうです。
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坑道内では江戸時代から明治・大正、昭和と400年近く続いた足尾銅山の歴史と仕組みが、等身大人形を使って再現されています。
写真は手作業で掘削や運搬を行う江戸時代の坑夫たちですが、ちょっと不気味な感じがしなくもない。
娘はこれら等身大おじさん人形が怖かったそうで、弟を連れてさっさと出口方向へ歩いて行ってしまいました。
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江戸時代の慶長15(1610)年、足尾銅山は備前楯山で初めて銅が発見されて以来、江戸幕府直営の銅山として大いに栄えたそうですが、徐々に銅の産出量は低下。
幕末になると足尾銅山はほとんど廃山の状態となってしまったそうです。
足尾銅山が再び日の目を見るのは、明治維新以後のことでした。
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明治10(1877)年、足尾銅山は古河市兵衛の手により民営化されると、最新の技術や設備が投入されて急激な発展を遂げ、明治20年代には国内の銅産出量の40%を産出する日本一の銅山となりました。
その一方で、足尾鉱毒事件に代表される公害問題を引き起こし、周辺地域に多大な被害を及ぼしています。
しかし当時日清戦争・日露戦争のさなかにあった政府は軍需物資である銅を生産する銅山の操業を止めることはできず、積極的な鉱毒対策は行われなかったという。
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日露戦争後の明治40(1907)年2月、足尾銅山の坑夫らは賃金の安さと過酷な労働条件から、待遇改善を求めて鉱山施設等を破壊、放火する足尾暴動事件を起こしています。
同年2月4日午前、この通洞坑内で見張り所がダイナマイトによって破壊されたのを皮切りに、暴動は足尾銅山全体に飛び火して収拾のつかない大規模なものに発展したという。
事態を抑えられなくなった行政は軍に出兵を要請し、陸軍高崎歩兵第15連隊の混成3個中隊が暴動鎮圧に出動しています。
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昭和初期の第二次世界大戦期になると、金属類回収令が出されるほど金属資源の不足にあえいだ大日本帝国によって足尾銅山は非常増産態勢がとられました。
しかし無計画な乱掘と戦争による資材不足、そして坑夫がみな戦争に行ってしまったことにより、足尾銅山は衰退の一途を辿ったという。
いなくなった坑夫に変わって中国人や朝鮮人が強制連行で労働させられましたが、過酷な鉱山労働で犠牲も多く、その追悼碑が足尾町には残されています。
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坑道の突き当たりでは、戦後の昭和後期における休憩する坑夫が再現されています。
この坑夫たちは面白く、ボタンを押すと「なんだか最近銅が出なくなった」「あそこの鉱脈もダメらしい」「もうこの山も終わりかな」「会社が新しい機械を導入するみたいだぞ」なんて、実際にこの場で話されていたような哀愁漂う生々しい会話をしてくれます。
足尾銅山で一生を食わせてもらおうと思っていたかもしれないこの坑夫たちは、足尾銅山の閉山でその甘く儚い夢が潰れてしまったのですね…。
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江戸時代から昭和の閉山まで、幾千の坑夫たちが血と汗を流した足尾銅山の通洞坑。
昭和48(1973)年2月24日の通洞坑閉山式当日は雪が静かに舞い降りていたという。
ケガや病気が付き物だったという足尾銅山での鉱山労働ですが、それでも坑夫たちがそこで働かなくてはならなかったのは、近世・近代日本における一般庶民の物資欠乏の生活のためでした。
大日本帝国の近代化を支えた足尾銅山、経営こそ古河財閥でしたが、その坑道の中で働いていた人々は貧しい坑夫たちであったことを、子供達には学んでほしいと思います。
(訪問月2021年3月)