神奈川県川崎市宮前区の軍事遺跡、陸軍東部62部隊跡を歩いてきました。
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前回、電車とバスの博物館周辺にかつて存在した陸軍軍事施設「陸軍溝ノ口演習場」について取り上げましたが、今回は、その演習場を使用した部隊、「陸軍東部62部隊」の跡地を歩きます。
「東部62部隊」とは、現在の川崎市青少年の家、宮崎中学校、虎の門病院分院があるあたりに展開していた陸軍部隊の通称名詞です。
軍隊には、防諜などのため外部に出す文書名に使う「通称名詞」と、一般には秘匿された「固有名詞」があるのですが、「東部62部隊」と通称された部隊の役割は、時期によって違ったようです。
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電車とバスの博物館前から、梶ヶ谷菅生線を南東方向に歩いて長坂下交差点に到着しました。
交差点の近くには「長坂」の名前の由来が書かれた宮前区の案内板があります。
ここにもともと「長坂」という名前の坂道は、現在の川崎市青少年の家、宮崎中学校、虎の門病院分院付近を通っていた旧国道146号線(旧県道1号線)にあった坂道だったと記載されています。
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しかしその旧国道部分の長坂を含む一帯が軍用地として接収され、東部62部隊の駐屯地となったため旧国道が通れなくなり、この坂道が迂回路として造られ、それにあわせて長坂の名前がこっちに付け替えられた、というのがこの坂道が長坂になった経緯のようです。
迂回路としてあらたに造られた「長坂」の東側一帯には、約2.6㎢に及ぶ、東部62部隊の兵営がありました。
東部62部隊は、昭和17(1942)年11月に現在の赤坂に駐屯していた陸軍歩兵第101連隊が転営してくる形でこの地に設置された部隊で、一般向けの通称名詞が「東部62部隊」、秘匿された固有名詞が「歩兵第101連隊」というわけですかね。
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長坂の東側にある宮崎こうしん坂公園近くのT字路の角には、謎の煉瓦積みが残っています。
東部62部隊の関連遺構であると言われていますが、実際何に使われていたのかはよくわかりません。
ただここから北へ約100m歩いたところには、東部62部隊兵営の裏門があったようです。
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宮崎こうしん坂公園から東へ約50m歩いたところの左手には、東部62部隊の被服廠の一部と言われる建物が残っています。
被服倉庫ではなく被服廠と言うくらいだから、朝霞の被服廠と同じようにここで軍服などを製造していたのでしょうか。
被服廠時代はこの建物がもっと長く連なっていたものの、戦後の払下げによって使いやすくぶった切られてしまったようです。
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こちらは被服廠の一部から、さらに東へ100mほど歩いたところにある古墳・宮崎大塚古墳。
正面に階段があって古墳に登ることができ、墳頂には馬絹大塚供養塔が建立されています。
この古墳のすぐ横を旧大山街道が通っていますが、その場所にかつては東部62部隊兵営の正門があり、正門そばには衛兵所と営倉があったという。
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宮崎大塚古墳から南に向かって、東部62部隊兵営のメインストリートだったと思われる旧大山街道が伸びており、現在、街道西側は宮崎中学校、東側は虎ノ門病院分院の敷地になっています。
東部62部隊が置かれていたころは、宮崎中学校のあるところには部隊本部、虎ノ門病院のあるところには歩兵中隊の兵舎が建ち並んでいたという。
部隊本部の建物は、その一部が昭和42(1967)年まで宮崎中学校の校舎として使用されていたそうです。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       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旧大山街道を南下し、川崎市青少年の家に到着しました。
東部62部隊時代は、ここに将校集会所があったという。
この青少年の家の園庭には、「お化け灯篭」と呼ばれる軍事遺跡が残存しています。
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お化け灯篭の前に配置された解説文。
解説文によれば、お化け灯篭は歩兵第101連隊が赤坂にあった時、将校集会所の庭にあったもので、そのころ夜になると灯篭が六本木あたりに出るという噂があったという(ただし、解説文では歩兵第101連隊が六本木にあったことになっている)。
移転してきたこの「お化け灯篭」の足がないのは、今度は夜な夜な徘徊しないように足の部分を埋めたとも、また足を切って動かないようにしたとも言われている、と書かれています。
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こちらが、足のない、巨大な「お化け灯篭」。
歩兵第101連隊は溝ノ口に転営後、昭和18(1943)年4月、第61師団隷下で中国大陸に出征しています。
その際宮崎台に残された留守部隊は、留守及び兵の補充業務を行う「歩兵第1補充隊」として、東部62部隊を称したという。
以後東部62部隊は、関東各地から兵隊を赤紙で召集して短期間の教育訓練を施し、次々と新たな部隊を産み出す補充隊に変わったと思われ、戦争後期に東部62部隊に入営した歩兵生徒隊がフィリピンで戦う鉄兵団(第10師団)に配属された例があります。
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川崎市青少年の家からさらに南下し東京・横浜バイパス上の陸橋を横断すると、東部62部隊で使っていた馬房(馬小屋)や装蹄小屋を改造したという建物がまだ残っている場所があります。
かつての日本軍は、将校・下士官・馬・兵隊という、軍内部での序列を揶揄する言葉があったように、兵隊より武器や馬の方が大事にされていたという。
日本軍は国民を一銭五厘の郵便はがきで引っ張り出して、兵隊に馬糞を食わせるというような制裁を加えながら、足掛け15年に渡る長い戦争を戦う軍隊であったといわれ、そういう体質だと勝っているときには良いが、負け始めると様々な問題が噴出してしまったようです。
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東部62部隊は、赤紙で召集された新兵を短期間訓練し、銃の撃ち方もままならぬ2万数千人もの補充兵を、戦地へと送り出していたとされています。
ろくな訓練も兵器も施されないまま、近代戦争の戦場に送り込まれた補充兵たちは、戦地で牛馬のごとくこき使われた挙句、そのほとんどが生きて帰ることができなかったという。
「陛下の赤子」そう呼ばれ、義務として国に召集されたものの、行ってみたら訓練も武器も食糧もなかった兵士たちは、国家に騙されたようなものだったのかもしれません。
(訪問月2022年3月)